富山大学で開発されたCr2O3-H-ZSM-5@Silicalite-1カプセル触媒は、CO2からパラキシレンを1段階で合成することができます。この触媒はハイケムで工業的に合成され、千代田化工建設のパイロットプラントで実証試験されています。この記事では、Cr2O3-H-ZSM-5@Silicalite-1カプセル触媒の仕組みについて化学的に説明します。
パラキシレンとは?
パラキシレンは、酸化したテレフタル酸を経由してポリエステル繊維やPETペットボトル用樹脂などに加工される化合物で、工業上重要な基礎化学品です。パラキシレンは通常は石油から作られますが、パラキシレンをCO2から直接作る技術が開発されています。
パラキシレンの需要は非常に高く、年間約4,900万トンが世界中で消費されています。この量をすべてCO2から製造できるようになれば、約1.6億トンのCO2を削減できる計算になります。これは日本の年間CO2排出量の約10%に相当します。
CO₂からパラキシレン
千代田化工建設と富山大学、ハイケムは、CO₂からパラキシレンを製造することに成功しました(千代田化工建設プレスリリース)。千代田化工建設は2022年に子安リサーチパーク内にパイロットプラントを建設し、富山大学の研究成果をもとにハイケムで製造した触媒を使用して、パイロットプラントで試作を続けてきました。2023年にパラキシレンを含む試作品を従来技術で精製してパラキシレンを単離しました。2026年には大規模な実証プラントを建設し、2030年代には商用プラントを稼働させる計画です。
この技術によると、1万トンのパラキシレンを製造する際に、約3万トンのCO₂を吸収します。従来の石油由来の製造方法では、1万トンのパラキシレンを作るのに約1万トンのCO₂が排出されていました。つまり、この技術を使えば、合わせて約4万トンのCO₂削減が可能になります。
パラキシレンからエステル繊維
CO2から製造したパラキシレンは、テレフタル酸を経由してエステル樹脂として衣料品、PETボトル、自動車シートなど幅広い分野で使用されます。このCO₂由来のパラキシレンを使用したエステル樹脂は、社会での実用化が始まっています。 2024年には、ゴールドウィンのアウトドアブランドThe North Faceが、この技術を利用した低炭素パラキシレンを使ったユニフォームを製造しました。これらのユニフォームは、2024年のパリオリンピックのスポーツクライミング競技で、日本代表チームが着用しました(ゴールドウインプレスリリース)。
CO₂をパラキシレンに変換する触媒
CO₂とH₂からパラキシレンを合成するには、メタノール、ジメチルエーテル、軽質オレフィン、ベンゼン、パラキシレンと5工程の反応を経由します。富山大学では、金属酸化物とゼオライトを組み合わせた触媒を用いて、世界で初めての1段階合成に成功しました。
CO2→メタノール合成触媒 Cr2O3
複数の反応工程を1段階で実施する複合触媒系では、すべての触媒が同じ反応温度で活性が高くなる必要があります。一般的にCO2からメタノールを合成する触媒は250~300℃で活性が高いものが多いですが、メタノールから芳香族化合物を合成するゼオライト触媒反応は400℃以上で活性が高くなります。
そのため、400℃でもCO2からメタノールを合成可能という条件で酸化物系触媒をスクリーニングしました。その結果、CO2の転嫁率が高く、メタノールの選択性が高い触媒としてCr2O3が適していることを発見しました。
メタノール→パラキシレン合成触媒 H-ZSM-5
メタノールからジメチルエーテル、軽質オレフィン、ベンゼンを経由してパラキシレンを合成する触媒にはゼオライト触媒を使用します。ゼオライトはSiO4とAlO4を適切な比率で配合して合成され、これらが酸素原子を共有することで様々な三次元的な構造を形成します。そのため、ゼオライトには多様な酸触媒・塩基触媒サイトによる多種類の触媒作用があります。また、ゼオライトは多彩な内部トンネル空間を持ち、空間形状やサイズによる分子識別機能によって生成物選択制や化合物の分離機能も発揮できます。
ゼオライト触媒の一種であるH-ZSM-5は、メタノールを芳香族化合物に変換できます。H-ZSM-5に入り込んだメタノールは、H-ZSM-5のルイス酸点でジメチルエーテル、軽質オレフィンを経由してベンゼンに変換されます。その後、ベンゼン環の1,4位にメタノールからメチル基を付けてパラキシレンに変換されます。
H-ZSM-5の内部トンネル空間サイズは直径が0.5nmであり、パラキシレンの短軸方向の分子サイズと同等です。そのため、パラキシレンよりかさ高いオルトキシレンやメタキシレンが内部トンネル空間内で生成しにくく、パラキシレンが選択的に生成します。
カプセル型触媒 Cr2O3-H-ZSM-5@Silicalite-1
しかし、ゼオライト内部空間においてパラキシレンが生成しても、空間的な制御がないゼオライト外表面までパラキシレンが拡散すると、平衡的にメタキシレンとオルトキシレンに異性化してしまいます。このようなゼオライト外表面でのキシレンの異性化を防ぐために、H-ZSM-5の外表面に、ルイス酸点のないSilicalite-1を被膜したカプセル型触媒を設計しました。
Silicalite-1膜がない場合、パラキシレンはH-ZSM-5の外表面でオルトキシレンやメタキシレンに異性化します。一方でSilicalite-1膜がある場合、パラキシレンはH-ZSM-5の外表面に接触できず、オルトキシレンやメタキシレンへの異性化は起きません。結果的に選択的にパラキシレンを得ることができます。
Cr2O3-H-ZSM-5@Silicalite-1カプセル触媒はCO2からパラキシレンへの1段階合成において、34.5%の転化率、76%のパラキシレン選択率で、数百時間の触媒寿命を達成しました。
まとめ
パラキシレンは、衣類、PETボトル、車のシートなどに利用できるポリエステル樹脂の原料になり、産業的に有用な基礎化学品です。この記事ではCO2からパラキシレンを1段階で合成することができる、Cr2O3-H-ZSM-5@Silicalite-1カプセル触媒の仕組みについて化学的に説明しました。
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- Chem. Sci., 2017, 8, 7941. (https://doi.org/10.1039/C7SC03427J)
- ACS Catal., 2019, 9, 895. (https://doi.org/10.1021/acscatal.8b01344)
- ACS Catal., 2019, 9, 3026 (https://doi.org/10.1021/acscatal.8b03924)
- Chem. Sci., 2020, 11, 4097. (https://doi.org/10.1039/C9SC05544D)
- 化学と教育, 2022, 70, 464. (https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/70/10/70_464/_pdf/-char/ja)