化学物質を適切に管理するため、国際的な条約等をもとに日本を含む世界各国で化学物質管理に関連する法律が施行されています。化学物質を使用・製造・販売する際は、各国の化学物質管理関連法へ適切に対応する必要があります。化学メーカーで仕事をするうえで、化学物質管理関連法をよく理解しておくことは重要です。
この記事では、前半で世界の化学物質管理関連法について説明し、後半で化学メーカーによる化学物質管理法への対応方法を説明します。
化学物質管理とは?
化学物質管理とは人や環境に悪影響が起きないように化学物質を扱うための取組みのことです。
一昔前、環境中に排出された化学物質による大気汚染や河川の魚の大量死などの環境に対する悪影響や、化学物質による人への健康被害が起きていた時代がありました。しかし、現在では化学物質を管理する法律が整備され、企業が法律を遵守するとともに自主的な管理も進めることで、化学物質が適切に管理され、化学物質に起因した環境汚染や健康被害を予防する取組みが行われています。
化学物質管理の国際的枠組み
化学物質は大気・川・海に放出されると国境を越えて拡散するため、一国で規制しても規制の効果は望めません。そのため、各国が協力して化学物質管理に取り組むことが必要であり、サミット等で取り決められた管理目標や達成目標を世界各国で共有した国際的な枠組みがあります。この中で条約が制定され、条約に批准した国々で条約に合わせた法律が施行されています。
条約による規制は有害物質が国境個越えて移動することを禁止・制限する内容が多いです。
リオ宣言、アジェンダ21
環境と開発を主題にして1992年にリオデジャネイロで開催されたサミットで、現在の化学物質管理の枠組みを作ったサミットです。この成果としてリオ宣言が取りまとめられ、行動計画アジェンダ21が採択されました。 アジェンダ21の第19章では、化学物質の管理に関する基本的な方向性とその課題を示しています。具体的には、リスク評価、有害性・リスク関連情報の提供、リスク管理のための体制整備等6つのプログラム領域を設定し、国際的な協力による化学物質管理への取り組みを求めています。
プログラム領域 | アジェンダ21第19章の課題 |
A:化学物質のリスクの国際的評価の拡充と促進 | 国際的なリスクアセスメントの強化 健康又は環境の観点からの曝露限界と社会・経済因子の観点からの曝露限界の峻別、有害化学物質別の曝露ガイドラインの策定 |
B:化学物質の分類と表示の調和 | 化学物質の統一分類・表示システム(MSDS、記号含む)の確立 |
C:有害化学物質及び化学物質のリスクに関する情報交換 | 化学物質の安全性・使用及び放出に関する情報交換の強化 改正ロンドンガイドライン及びFAO国際行動規範の条約化と実施 |
D:リスク削減計画の策定 | 広範囲なリスク削減のオプションを含めた幅広いアプローチの採用と、広範囲なライフサイクル分析から導かれた予防手段の活用による、許容値以上のリスクの除去・削減 |
E:国レベルでの対処能力の強化 | 化学物質の適正管理のための国家的組織及び立法の設置 |
F:有害及び危険な製品の不法な国際取引の禁止 | 有害で危険な製品の不法な国内持込みを防止するための各国の能力の強化 有害で危険な製品の不法な取引に関する情報入手(特に開発途上国)の支援 |
WSSD目標
持続可能な開発を主題に2002年にヨハネスブルクで開催されたサミットで、リオ宣言の見直しと具体的な施策のさらなる展開が図られました。この成果としてWSSD目標を打ち出し、SAICMやGHSへの道筋を付けました。
SDGs
2015年の国連サミットで「持続可能な開発目標(SDGs)」が国際的に合意された目標として示されました。
その中で、特に以下の3項目が化学物質管理に関係しています。
- 3.9 2030年までに、有害化学物質、並びに大気、水質及び土壌の汚染による死亡及び疾病の件数を大幅に減少させる。
- 6.3 2030年までに、汚染の減少、投棄廃絶と有害な化学物質や物質の放出の最小化、未処理の排水の割合半減及び再生利用と安全な再利用の世界的規模での大幅な増加させることにより、水質を改善する。
- 12.4 2020年までに、合意された国際的な枠組みに従い、製品ライフサイクルを通じ、環境上適正な化学物資質や全ての廃棄物の管理を実現し、人の健康や環境への悪影響を最小化するため、化学物質や廃棄物の大気、水、土壌への放出を大幅に削減する。
化学物質管理に関連する条約
条約は拘束力を持って運用される国家間の合意です。化学物質管理に関連する条約を示します。
条約 | 発効年 | 規制対象 |
ウィーン条約 | 1988年 | オゾン層破壊物質 |
バーゼル条約 | 1992年 | 有害廃棄物の国境を越えた移動 |
化学兵器禁止条約 | 1997年 | 化学兵器製造に供される化学物質等 |
ロッテルダム条約 | 2004年 | 有害化学物質の国境を越えた移動 |
ストックホルム条約 | 2004年 | 残留性有機汚染物質 |
水俣条約 | 2017年 | 水銀 |
世界の化学物質管理関連法
日米欧の化学物質管理関連の法律の法律体系を示します。この中には各種条約の担保法として制定された法律もあります。
■日本
■アメリカ
■EU
化学物質管理法と化学物質関連法
化学物質管理関連法は上記のように数多くあります。これらの法律は、①化学物質そのものの管理を目的とする法律と、②本来の目的は特定の製品の規制ですが、そのために化学物質の規制が必要な法律にわけることができます。正式な言葉の定義はありませんが、このサイトでは①を化学物質「管理」法、②を化学物質「関連」法と呼びます。
化学物質「管理」法 | 化学物質そのものの管理を目的とする法律 |
化学物質「関連」法 | 本来の目的は特定の製品の規制ですが、そのために化学物質の規制が必要な法律 |
化学物質管理法は世界各国で制定されています。一部の国の例を紹介します。
国名 | 化学物質管理法 |
日本 | 化審法、安衛法 |
アメリカ | TSCA |
EU | REACH |
中国 | 新化学物質環境管理弁法、危険化学品安全管理条例 |
韓国 | 化学物質管理法、化学物質登録・評価法、産業安全保健法 |
台湾 | 毒性化学物質管理法 |
化学物質管理法への対応
化学物質管理法では一般的に、化学物質を上市するにあたり各国のデータベース(インベントリ)への登録や、登録後の管理等を要求されます。各国の法律は少しずつ異なるため、よく理解して対応する必要があります。
各国のインベントリに登録するための一般的なプロセスフローを示します。
インベントリに登録するために必要なデータは各国で様々ですが、物理的データ、化学的データ、毒性学的データ、健康影響データ、環境影響データなどが要求されます。これらのデータ取得には数千万円のコストがかかる場合があります。多くの法律には免除規定があり、免除規定に該当する場合は利用します。免除規定に該当しない場合は、コストと販売後の利益見込みを考慮して登録するかどうか判断します。
インベントリに登録または登録免除されて製造または輸入が可能になった後は、毎年の製造輸入数量、使用用途を継続的に管理します。
販売する化学物質にはGHS対応のラベルをつけ、さらにSDSによって危険有害性、安全な取り扱い方法を販売先に伝えます。
化学物質管理法への対応に関係する部署
化学メーカーの中で化学物質関連法対応に関係する部署は、主に研究、生産技術、工場管理、営業部です。
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まとめ
化学物質による人や環境への悪影響をなくすため、化学物質管理の国際的枠組みの中で条約が発効され、条約をもとに各国で化学物質管理関連法が施行されています。
化学メーカーが化学物質を製造・販売するにあたり、各国の化学物質管理法に対応する必要があります。化学物質管理法への対応として化学物質の登録のプロセスフローを紹介しました。
化学物質管理法は各国で少しずつ違いがあるため、具体的な方法は各国の法律に合わせて対応する必要があります。
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2002年のヨハネスブルクサミット以降、化学物質管理のあり方が大きく変化し、化学物質を扱う業者のみならず川中・川下の事業者にも影響を及ぼしています。化学物質管理士協会では2019年から、より専門性の高い指導者を輩出すべく「化学物質管理士」資格制度をスタートさせました。頻繁に改正が進む国内外の法規制に対し専門的知識で業務の正確性と信頼性を担保する人材を送り出すことで、化学物質管理の水準を高めていく狙いがあります。本書では化学物質を取り巻く事象とその管理について事例を交えて解説するとともに、資格制度についても紹介しています。化学物質管理が必須となる企業の関係者にもお薦めする一冊です。
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