この記事では、CO2を原料として産業に利用可能な有機化合物や無機化合物を製造するカーボンリサイクル技術の詳細と、関連する企業を紹介します。CO2を原料として有機化合物を製造することには、環境保護への貢献、資源の有効活用、循環型社会の実現、そして経済的な側面から重要な意義があります。
カーボンリサイクルとは?
カーボンリサイクルとは、産業や家庭などから排出されるCO2(二酸化炭素)を資源として捉え、分離回収して、直接利用したり、他の物質に変換して間接的に利用する技術です。大気中のCO2を分離回収せずそのまま利用することもあります。
CO2を直接する方法としては、産業ガスとして食品、医療、溶接分野に使用したり、ドライアイスとして冷却用途に使用したり、枯渇油田に圧入して油田の残存原油を回収するEOR(Enhanced Oil Recovery)として利用されます。
CO2は、基幹物質、化学品、燃料、鉱物などに変換して間接的に利用することもできます。
- 基幹物質(合成ガス、メタノールなど)
- 化学品(カーボネート、ウレタン、オレフィン、ベンゼン、トルエン、キシレンなど)
- 燃料(e-fuel、SAF、メタンなど)
- 鉱物(コンクリート、セメント、炭酸塩など)
CO2を分離回収して利用したり、地中に貯蔵することを、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)と言います。
カーボンリサイクルの意義
CO2を原料として産業に利用可能な有機化合物や無機化合物を製造することには、環境保護への貢献、資源の有効活用、循環型社会の実現、そして経済的な側面から重要な意義があります。
環境保護への貢献
CO2を原料に産業に利用可能な化合物を製造することは、地球環境の保護に大きく貢献します。まず、CO2を新たな化合物に化学的に変換することで、大気中のCO2濃度を減少させます。これにより、気候変動問題の進行を緩やかにします。
資源の有効活用
工場や発電所から排出されるCO2は、従来は廃棄物として大気中に放出されていました。しかし、CO2を原料に有機化合物を製造する技術は、廃棄物であったCO2を有効活用することができます。
循環型社会の実現
CO2を原料に産業に利用可能な化合物を製造する技術は、これを製造するために使用するはずであった化石燃料の使用量を抑制し、限りある資源を効率的に使うことができます。循環型社会の実現に向けて、CO2を再利用する技術には大きな意味があります。
経済的な利益
CO2を原料にした新しい製造プロセスは、新たな産業を創出します。さらに、今後はCO2排出量が少ない製品が優遇され、CO2排出量が多い製品にはペナルティが課せられることが予想されます。そのため、CO2を利用した製造技術は、環境保護だけでなく、経済的にもメリットがあります。
カーボンリサイクル技術と関連企業
CO₂からCO(最終的にSAF)
SAF(持続可能な航空燃料)にはいくつか種類があり、そのうちPTL(Power to Liquid)と呼ばれるものは、CO₂から製造されます。まずCO₂とH2からCOとH2Oを得る逆シフト反応でCOを製造します。このCOとH2からなる合成ガスをフィッシャー・トロプシュ反応で飽和炭化水素にし、蒸留してSAFやバイオナフサに分別します。この合成ガス法のうち、再生可能エネルギーで製造した水素を使用する場合は特にe-fuelと呼ばれます。(注:オリゴマーの化学式は化合物の一例を示しています。実際は多種類の炭化水素の混合物です。)
三菱重工業は、CO2および再生可能エネルギーから製造するカーボンリサイクル燃料e-fuelの日本市場への展開について、先進的な取り組みを実施しているアメリカのInfinium(インフィニウム)と共同で検討していくこととし、MOUを締結しました(三菱重工業ニュースリリース)。Infiniumは、再生可能電力、水、CO2から独自の触媒を使用してe-fuelを製造しています(Infiniumホームページ)。
東芝エネルギーシステムズ、東洋エンジニアリング、東芝、出光興産、日本CCS調査、全日本空輸は、CO2を電気分解してCOに変換する実証事業を行っています(東芝ニュースリリース)。COは水素と混合して合成ガスとし、フィッシャー・トロプシュ反応によりSAFを製造する計画です。
CO₂からメタノール
CO₂と水素からメタノールを製造する研究は多くのグループでされており、様々な触媒が開発されています。その中で、商業生産やパイロット製造に進んだ事例をいくつか紹介します。メタノールはそのまま発電用燃料や輸送用燃料として利用したり、エチレンやプロピレンなど様々な化学品に変換できる、有用な化学品です。
アイスランドのCarbon Recycling Internationalは、2012年に世界で初めてCO2からメタノールを生産するプラントを商業稼働しました。製造量は増加しており、2024年時点では年間31万トンのCO2から21.4万トンのメタノールを製造しています(Carbon Recycling Internationalホームページ)。
三菱ガス化学は、新潟工場に既設のパイロットプラントを用いて、2021年にCO2と水素からメタノールを製造する実証実験を開始しました(三菱ガス化学ニュースリリース)。三菱ガス化学は2025年に実証実験を完了させ、2026年度に水島コンビナートで専用プラントを稼働させ、2030年までに商業化することを目指しています(三菱ガス化学カーボンニュートラル戦略説明会、日経新聞)。
住友化学は、島根大学が研究を進めてきた内部凝縮型反応器(Internal Condensation Reactor)に着目して共同開発を進め、2023年にCO2からメタノールを高効率に製造するパイロットプラントを愛媛工場に新設し、運転を開始しました(住友化学ニュースリリース)。住友化学は2028年までに実証試験を完了し、2030年代に事業化および他社へのライセンス供与を目指しています。
三井物産は、アメリカのCelanese Corporationと折半出資で設立したFairway Methanolの工場で、2024年にメタノールの製造を開始しました(三井物産トピックス)。Fairway Methanolでは周辺プラントから排出される産業由来のCO2を原料としています。最大で年間18万トンのCO2を有効利用してメタノールを年間13万トン製造します。
CO₂からカーボネート
カーボネートは、リチウムイオン電池の電解液や、ポリカーボネート樹脂の原料として世界中で需要が高まっている化学品です。
旭化成は2002年に台湾の奇美実業との合弁企業である旭美化成において、世界で初めてCO₂からカーボネートを製造し、最終的にポリカーボネートを製造しました。その後、2024年までに5か国・地域6社に約90万トン相当の製造技術ライセンス供与を実施しています。旭化成の製法を採用するプラントは、世界全体の生産能力約600万トンの約16%を占めています(旭化成ニュースリリース)。
産総研は東ソーと共同で、CO2ジエチルカーボネートを効率的に合成する触媒技術を開発しました(産総研研究成果記事)。ジエチルカーボネートは、ポリカーボネートやポリウレタンの原料のほか、リチウムイオン電池の電解液、塗料や接着剤用の溶媒として幅広く活用されている有用で汎用的な化学品です。
CO₂からポリカーボネート
東北大学と東京理科大学のグループは、CO₂とジオールを触媒的に直接重合させる技術を開発しました。開発した手法では、酸化セリウム触媒と 2-シアノピリジンを用い、CO₂と1,4-ブタンジオールを比較的温和な130℃で反応させることで、CO₂と1,4-ブタンジオールが交互重合したポリカーボネートが97%の高収率で得られました(Scientific Reports)。
ポリカーボネートは、耐衝撃性、透明性、耐久性、耐紫外線性などの特徴を備えているため、建築材、医療機器、スポーツ用具など幅広い用途に使用されています。
CO₂からウレタン
産総研のグループは、CO₂とアミンからウレタンを製造する技術を開発しました。開発した手法では、ジアルキルスズジアルコキシド、チタンテトラアルコキシド、テトラアルキルシリケートのいずれかを用い、CO₂とアミンからウレタンを製造しました(オレオサイエンス)。ウレタンは熱分解してイソシアネートに変換すると、ウレタン樹脂の原料として利用できます。
CO₂からポリオール
ドイツの化学メーカーCovestro(コベストロ)は、CO₂とエチレンオキサイドやプロピレンオキサイドを反応させてポリオールを製造し、ポリオールとイソシアネートを反応させてウレタンフォームを製造しています(Covestroホームページ)。ウレタンフォームは断熱材として利用されます。
CO₂からパラキシレン
千代田化工建設と富山大学、ハイケムは、CO₂からパラキシレンを製造することに成功しました(千代田化工建設プレスリリース)。千代田化工建設は2022年に子安リサーチパーク内にパイロットプラントを建設し、富山大学の研究成果をもとにハイケムで製造した触媒を使用して、パイロットプラントで試作を続けてきました。2023年にパラキシレンを含む試作品を従来技術で精製してパラキシレンを単離しました。
パラキシレンを酸化して得られるテレフタル酸は、エステル樹脂として衣料品、PETボトル、自動車シートなど幅広い分野で使用されます。このCO₂由来のパラキシレンを使用したエステル樹脂は、2024年のパリオリンピックのスポーツクライミングのユニフォームとして使用されました(ゴールドウインプレスリリース)。
CO₂からギ酸
日東電工とエア・ウォーターは、日東電工が有するCO₂の化学変換技術を活用し、家畜ふん尿バイオマス由来のCO₂から牧草の保存に使用されるギ酸(HCOOH)を製造する取り組みを開始しました(日東電工ニュースリリース)。日東電工が開発する高活性触媒によりCO₂からギ酸を製造し、ギ酸は酪農地域でサイレージの添加剤などに利用されることで、CO2の有効利用による社会課題の解決と経済価値の創造を両立させます。
CO₂からオレフィン
IHIではCO₂を水素化してC2~C4オレフィンを生成する技術を開発しています(IHI技報)。オレフィンはポリマーや化学製品の重要な原料です。また、一般的にナフサの分解によって製造されるオレフィンをCO₂から製造することで、化石燃料由来の原料の使用量とCO₂を同時に削減する、環境に配慮した製造プロセスを実現できます。IHIはラボスケールで実証しているオレフィンの製造を、2024年度から2026年度までパイロットプラントで実証試験します(IHIプレスリリース)。
フィンランド国営の技術研究センターVTTとLUT大学および複数の企業は、回収したCO2をエチレンやプロピレンに変換するパイロットプラントをフィンランドのEspooに開設しました(VTTプレスリリース)。林業や廃棄物焼却からのCO2を回収し、最終的にポリプロピレンやポリエチレンなどの高価値製品に変換する計画です。
CO₂からメタン
大阪ガスとINPEXは共同で、CO2からメタンの製造の実用化を目指した技術開発事業を2021年より開始し、2023年からは世界最大級となる家庭用1万戸分に相当する400Nm3-CO2/hの試験設備の建設を進めています(大阪ガスプレスリリース)。2025年度中の試運転・運転開始を目指しています。INPEXは、2017年から長岡鉱場で合成メタン製造能力8Nm3-CO2/hでのCO2-メタネーション基盤技術開発を行っており、その経験を活かし、本事業全体の取りまとめや商業化検討、設備の建設を進めており、完成後の操業を担います。
日立造船は、清掃工場から排出されるCO2を水素と反応させ、商用規模でメタンを製造する実証実験を行っています(環境省 CCUS の早期社会実装会議資料)。
4H2+CO2→CH4+2H2O(サバティエ反応)
排ガス中の低濃度(9%)CO2を84%濃度のメタンに変換することに成功しています。
東京ガス、大阪ガス、東邦ガスの3社は、CO2からメタンを合成し、既存インフラへ購入する検討をしています。3社と三菱商事で、米国テキサス州・ルイジアナ州におけるメタン製造と日本への輸出を(東京ガスプレスリリース)、3社とオーストラリアのSantos社で、オーストラリア中東部のクーパーベイスンのムーンバにおけるメタン製造と日本への輸出を(東京ガスプレスリリース)、それぞれ計画しています。
CO₂からセメント
コンクリートの原料であるセメントは、製造する際に大量のCO₂を発生します。そのため、セメントの量を減らして別の素材を使用することで、コンクリートの生産時に発生するCO₂を大きく減少させることができます。
大成建設と日建工学は、セメントの一部をCO₂から製造した炭酸カルシウムに置き換える環境配慮コンクリート「T-eConcrete®」を開発しました(大成建設ニュースリリース)。
「T-eConcrete®」は現在徐々に実用化が進んでおり、大成建設の研究施設敷地内での舗装をはじめ、送電ケーブルなどの設備を設置する地中トンネルなど、インフラ構造物や建築物などさまざまな場所で使用され始めています(大成建設技術解説)。
鹿島建設は、セメントの一部をγ-C2S(2CaO・SiO2)に置き換えたセメント「CO2-SUICOM®」を開発しています(鹿島建設技術ページ)。一般的なセメントは水と接触すると硬化するが、γ-C2Sは水と反応せずCO2と反応して硬化します(コンクリート工学2019)。そのため、CO2-SUICOMは作るほどにCO2を吸収できます。
まとめ
この記事では、CO2を原料として産業に利用可能な有機化合物や無機化合物を製造するカーボンリサイクル技術の詳細と、関連する企業を紹介しました。
関連書籍
「図解でわかるカーボンリサイクル」は、カーボンリサイクルを国内で一番理解するエネルギー総合工学研究所の博士たちによるカーボンリサイクルの実践書です。カーボンリサイクルのしくみ、実践方法がよくわかります。カーボンリサイクルがどういうものか知りたい学生や産業関係者、カーボンリサイクルの実践方法やCO2削減方法について知りたい技術者におすすめです。技術的な内容を初心者向けに説明しています。
「図解でわかるカーボンニュートラル」は、世界が水素や再生可能エネルギーなどのグリーンエネルギーに舵を切る中、遅れをとっている現在の日本のエネルギー動向を踏まえ、カーボンニュートラルを実現するために必要な技術、これから具体的に何をしなければならないのかを国のエネルギー技術戦略策定や、さまざまなエネルギー分野の調査研究を受託するエネルギー総合工学研究所の博士たちがわかりやすく解説します。既刊の「図解でわかるカーボンリサイクル」もあわせて読むことで一層、理解が深まります。
「図解でわかるカーボンニュートラル燃料」は、カーボンニュートラル燃料について、産業界の現状とこれからの普及に向けた技術開発の最新情報を図表を交えながらわかりやすく解説されています。最新のバイオ燃料について知りたい方や、脱炭素実現に向けてカーボンニュートラル燃料(CO2を排出しない燃料)の使用を検討している方におすすめです。
関連文献
- Significant Advances in C1 Catalysis: Highly Efficient Catalysts and Catalytic Reactions (https://doi.org/10.1021/acscatal.8b03924)