お客さんに提供したサンプルが採用されたよ!やったね!
次は100kg提供してほしいみたいだよ
それはすごい!
前回提供したサンプルが100gだったから1000倍だね
1000倍かー。
1000回合成するの?
さすがにそれはできないから、スケールアップして合成するよ
例えばお客さんに提供したサンプルが採用されて、100gスケールで合成していたサンプルを100kgなどにスケールアップして合成する場合があります。
大きな反応容器に原料を1000倍入れて同じ条件で合成すればいいだけと思われるかもしれませんが、化学反応のスケールアップは、単に反応容器を大きくすればいいというものではありません。
安全性、品質、コストにすぐれたプロセスで製品を製造したうえで、関係する法令や規制に従う製造プロセスをつくる必要があります。
この記事ではプロセス化学(工業化研究)とは何か、化学品の開発ステージにおけるプロセス化学、スケールアップのメリット、プロセス化学に必要なスキル、プロセス化学の進め方について説明します。
プロセス化学は、各分野の専門家としてのスキルに加えて、他部署とのコミュニケーションスキルが求められます。つまり、総合力としての化学スキルが求められると言えるでしょう。また、スケールアップしたプロセスの完成度が、製造コスト、不良品率、生産能力に直接影響し、会社の業績にも影響するため、やりがいのある仕事です。
プロセス化学(工業化研究)とは?
この記事での「プロセス化学」とは、実験室で実施する数L以下のスケールの化学反応を、工場で実施する100L以上のスケールの化学反応にスケールアップすることを意味しています。プロセス化学は、よい工業的合成法を設計することが目標であり、プロセス化学と呼ぶこともあります。
化学反応のスケールアップは、単に大きな容器に原料を大量に入れて同じ条件で合成すればいいというものではありません。スケールアップに伴って、撹拌効果、加熱速度・徐熱速度、操作時間、原料グレードなどが変わり、単純に大きなスケールにした場合にうまく製造できない可能性があるためです。さらに、商業生産するからには、安全性、品質、コストにすぐれた製造プロセスをつくる必要があります。
ラボでの小スケール合成と工場での大スケール合成を対比させて、プロセス化学についてさらに説明します。
開発ステージ | 探索研究 | 開発研究 | プロセス化学 | 商業生産 |
目的 | 有望化合物を発見する | 顧客の採用を得る | スケールアッププロセスを開発する | 製品を供給して利益を得る |
実施場所 | ラボ | ラボ | ラボ | 工場 パイロット設備 |
スケール | 小スケール | 小スケール | 小スケール | 大スケール合成 |
プロセス化学をする開発ステージ
化学品の開発ステージは4段階にわかれます。
1段階目の探索研究では、有望化合物を発見することを目的に、多様な化合物のスクリーニング検討をします。2段階目の開発研究では、探索研究で発見した有望化合物をもとにして、顧客が求める性能を満たすように改良する検討をします。開発研究の結果として顧客から採用を得られたら、3段階目のプロセス化学(工業化研究)で、スケールアッププロセスを開発します。そして最後の4段階目の商業生産で利益を得ます。
このうち、1~3段階目は小スケール合成、4段階目が大スケール合成で、3段階目でスケールアッププロセスを開発します。
小スケール合成を実施する場所は実験室です。大スケール合成を実施するのは実際の工場です。実験室から工場に移す前に、その中間的なスケールとなるパイロット設備で試験製造することもあります。
化学反応のスケールアップのメリット
スケールアップの目的は顧客へ製品を供給するためですが、スケールアップには付随するメリットがあります。工場で商業生産が始まった後でも、さらにスケールアップを進めることで、これらのメリットが発生します。
- コスト削減(製造期間の短縮、人件費削減、固定費削減)
- ロット数削減による分析コスト削減
- 同一品質のサンプル供給
プロセス化学に必要なスキル
化学反応のスケールアップをするプロセス化学には、多くのスキルが必要です。そのため、各専門家が協力して取り組むのが一般的です。
具体的には、合成化学、分析化学、化学工学、品質管理、原料購買、各種法対応(知財、化審法、安衛法、消防法など)のスキルを持つ専門家が必要です。
プロセス化学の進め方
試験サンプルの取得が目的の小スケール合成では、目的の化合物が得られさえすればどんな手段を用いても問題ありません。しかし、製品の供給を目的とする大スケール合成では、以下に示す様々な条件があります。
大スケールの合成プロセスに求められる条件
- 製品を安全に製造する
- 製品に求められる品質基準に合格する
- 製品を低コストで製造する
- 製造に関係する法令や規制に従う(化審法、安衛法、消防法など)
- 他社特許を侵害しない
上記の条件を考慮したうえで、探索ステージのラボで実施した小スケール合成のプロセスを、工場で実施する大スケール合成にスケールアップするための進め方の一例を紹介します。
何から始めるかについてはケースバイケースですが、標準的には以下の5項目を順番に検討します。後ろの工程で適切な条件が見つからなかった場合は、工程を戻って検討しなおします。そのため、理想的には全工程を見通して、スケールアップする対象ごとに最も困難な課題から順に解消していくのがよいでしょう。
- 反応条件の決定
- 精製条件の決定
- 安全性の確認
- 原料の入手性の確認
- 各種法対応
反応条件の決定
反応工程は収率や不純物量が決定する重要な工程です。収率が高く不純物が少ない反応条件に設定するのはもちろんですが、商業生産にあたってはそのほかにも条件が複数あります。これらのすべてをクリアした反応条件を検討します。
- 反応収率が高い
- 不純物が少ない(特に、除去が困難な不純物や、性能に悪影響の大きい不純物)
- 危険な原料を使用しない
- 不安定な原料を使用しない
- 高価な原料を使用しない
- 他社の特許を侵害しない
- 特殊反応を回避する(光反応や高圧反応は特殊な設備が必要で、スケールアップに限度がある)
- 高温反応(>130℃)を回避する(スチーム加熱可能な130℃以下にする)
- 低温反応(<-15℃)を回避する(ブラインや冷凍機で冷却可能な-15℃以上にする)
精製条件の決定
大スケールにおける精製では、カラムクロマトグラフィーや乾燥剤を使用しないことが、小スケール合成と大きく異なります。カラムクロマトグラフィーは吸着材や溶剤を大量に使用してしまうため、代わりに分液や晶析で精製する方法に変更します。乾燥剤も大量に使用してしまうため、代わりに共沸で脱水する方法に変更します。
- 工程収率が高い
- 求められる品質基準をクリアできる
- カラムクロマトグラフィーは利用しない
- 乾燥剤は利用しない
- 精製工程数が少ない
安全性の確認
反応工程、精製工程で熱暴走反応を起こさない温度になっているか確認します。各工程から取得したサンプルを、示差走査熱量測定(DSC)や熱重量測定(TG)などで分析します。もし熱暴走反応が起きる危険がある場合は、反応工程、精製工程を熱暴走が起きない温度に下げる変更をします。
原料の入手性の確認
原料について、必要な量を必要な品質で入手できることを確認します。試薬としては購入できても、原料サプライヤーの製造能力が不十分な場合があります。また、試薬の品質とバルク原料(工業スケールで購入する原料)の品質に差がある場合があるので注意して確認します。
各種法対応
新しい工場を建設して製品を製造する場合や、既存の工場で新しい製品を製造する場合には、実際の製造前に化審法、安衛法、消防法などの届出や申請が必要です。
プロセス化学に関係する部署
化学メーカーの中で化学反応のスケールアップに関係する部署は、研究、生産技術、品質保証部、製造部、知的財産部、購買部など多くの部署が関わります。
まとめ
この記事ではプロセス化学(工業化研究)とは何か、化学品の開発ステージにおけるプロセス化学、スケールアップのメリット、プロセス化学に必要なスキル、プロセス化学の進め方について説明しました。
化学反応のスケールアップは、各分野の専門家としてのスキルに加えて、他部署とのコミュニケーションスキルが求められます。つまり、総合力としての化学スキルが求められると言えるでしょう。また、スケールアッププロセスの完成度が、製造コスト、不良品率、生産能力に直接影響し、会社の業績にも影響するため、やりがいのある仕事です。
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