有機薄膜太陽電池には、軽量、曲げられる、低照度でも変換効率が高いといった、現在普及しているシリコン系太陽電池にはない長所があります。一方で、光(紫外線)に弱いという課題があります。これらの特徴から、室内の小規模機器(センサーなど)用電源として実用化されている事例があります。
この記事では、有機薄膜太陽電池の長所と課題、そして関連企業の実用化の状況をまとめました。
有機薄膜太陽電池とは?
有機薄膜太陽電池の説明や発電の仕組みは、別記事でまとめています。
有機薄膜太陽電池の長所
有機薄膜太陽電池には、軽量、曲げられる、低照度でも変換効率が高いといった、現在普及しているシリコン系太陽電池にはない長所があります。これらの長所はペロブスカイト太陽電池と共通しています。
軽い
シリコン系太陽電池はガラス板上に作製されて重いのに対し、有機薄膜太陽電池はプラスチックフィルム上に作製できるため軽いです。重いシリコン系の太陽電池は建物の上に大規模に設置するには限界がありましたが、有機薄膜太陽電池なら重さをあまり気にせず大量に設置することができます。
曲げられる
一般的に普及しているシリコン系太陽電池や化合物半導体系太陽電池は硬くて平面ですが、有機薄膜太陽電池はフィルム上に作製できるため曲面に貼り付けることができます。有機薄膜太陽電池はこの特徴を生かして、電気自動車の車体、衣類やカバンなど、これまで不可能だったさまざまな場所に取り付けることが可能です。
低照度でも変換効率が高い
有機薄膜太陽電池は室内などの低照度でも変換効率が低下しにくい特徴があります。
有機薄膜太陽電池の課題
変換効率が低い
世界の太陽電池の効率を記録したNRELのBest Research-Cell Efficiency Chartによると、2024年時点の有機薄膜太陽電池の変換効率の最高記録は19.2%です。これは一般的に普及しているシリコン系太陽電池や、同じ有機系太陽電池のペロブスカイト太陽電池より低い水準です。有機薄膜太陽電池の変換効率が他種の太陽電池と同等以上に向上できれば、普及が進むでしょう。
耐久性が低く寿命が短い
有機薄膜太陽電池は、光(紫外線)、熱、水分、酸素に弱く、耐久性が低く寿命が短いという課題があります。光や熱に対しては耐久性を向上させる材料の開発または屋内で利用することが対策で、水分や酸素に対してはデバイスを封止することが対策になります。
有機薄膜太陽電池とペロブスカイト太陽電池の違い
有機薄膜太陽電池とペロブスカイト太陽電池は同じ有機系太陽電池であり、軽量で曲げられるといった共通する長所があります。主な違いは使用する半導体材料と変換効率と素子構造です。
素子構造の違いは、光を吸収することで生成する励起子の拡散長の違いが影響しています。有機薄膜太陽電池の励起子拡散長は短く、電荷分離させるためにはすぐ近くにドナー半導体とアクセプター半導体の界面が必要です。そのためドナー半導体とアクセプター半導体を混合させたバルクヘテロジャンクション構造で高効率化しています。
シリコン系太陽電池やペロブスカイト太陽電池など他の太陽電池では励起子拡散長が十分長く、製造しやすい通常の積層構造で高効率化が達成できています。
有機薄膜太陽電池 | ペロブスカイト太陽電池 | |
半導体材料 | 炭素や硫黄などを含む芳香族有機化合物 | SiO2/(CH3NH3)PbI3など |
変換効率 | 10%台前半 | 10%台後半~ |
素子構造 | バルクヘテロジャンクション構造 | 積層構造 |
開発された時期は有機薄膜太陽電池が先ですが、ペロブスカイト太陽電池の変換効率が有機薄膜太陽電池を超えてからは、大学や企業の関心はペロブスカイト太陽電池に移っています。有機薄膜太陽電池が実用化されるには、変換効率がシリコン系太陽電池やペロブスカイト太陽電池を超えるようなブレイクスルーが必要です。
有機薄膜太陽電池の関連企業
Looop
Looopは再生可能エネルギーを中心としたエネルギーサービス事業者です。
【2020年10月】 国内初 有機薄膜発電パネル実証実験を開始|立命館大学との産学共同研究
Looopは立命館大学との共同研究として、国内初の有機薄膜発電パネルを屋外の建築物へ設置する実証実験を開始しました。場所は立命館大学びわこ・くさつキャンパス内のバス停留所の屋根。ドイツのHeliatek(ヘリアテック)社製の有機薄膜パネルを含む多種類の太陽光パネルを設置し、特性比較や、平面・曲面特有の性能比較、オフグリッドシステムの評価を実施します。(Looopニュースリリース)
【2021年10月】 有機薄膜発電パネル実証実験の結果を公表|立命館大学との産学共同研究
Looopは、国内初の有機薄膜発電パネルを屋外の建築物へ設置する実証実験の結果について、エネルギーイノベーションプログラムEIVにて発表しました。約一年間の設置と観察を経て、すでに商用化が進んでいる信頼性のある製品である化合物太陽電池(CIS)との比較を実施し、同等の発電量が得られることが確認できました。(Looopニュースリリース)
【2022年8月】 LooopがHeliatekの有機薄膜太陽電池を国内独占販売
LooopはドイツのHeliatek(ヘリアテック)と、有機薄膜太陽電池の設置販売について日本における独占的パートナーシップを締結しました。Heliatek社製の有機薄膜太陽電池Heliasolは、荷重制限で従来の太陽光パネルが設置できなかった屋根や壁面への設置が可能です。(Looopニュースリリース)
Heliatek
Heliatekは2006年創業のドイツのスタートアップです。2019年に量産を開始し、世界中で実用化されています。BASF、サムスン、Looopなどと提携しています。Heliatek製の有機薄膜太陽電池が大規模に設置された例としては、サムスンの研究所の壁面(計621m2)があります。(Heliatekホームページ)
リコー
リコーはIoT機器用電源として有機薄膜太陽電池を活用しようとしています。IoT社会の構築における、最も重要かつ喫緊の課題としてあげられるのが「電源」です。配線不要、メンテナンス不要で小型・軽量という、生活空間のあらゆる場所に柔軟に適応できる自立型電源が求められています。
リコーは有機薄膜太陽電池のほかにペロブスカイト太陽電池も開発しています。ペロブスカイト太陽電池は実証実験を実施中で、有機薄膜太陽電池より開発ステージが先に進んでいます。
【2021年8月】 「充電のない世界」の実現へ、第二弾 曲がる環境発電デバイスのサンプル提供
リコーは、IoT社会の進展に伴って飛躍的に増加が予想される各種センサーを常時稼働させるための自立型電源用途として、屋内や日陰で効率的に発電できるフレキシブル環境発電デバイスのサンプル提供を9月から開始します(サイズは41mm×47mm)。
フレキシブル環境発電デバイスには、九州大学とリコーが2013年から共同研究・開発した発電材料を採用しています。九州大学の高性能有機半導体設計/合成技術と、リコーが長年複合機の開発で培ってきた有機感光体の材料技術を組み合わせて、屋内のような低照度(約200lx)から、屋外の日陰などの中照度(約10,000lx)環境下で高効率な発電を実現しました。薄型・軽量で曲げることが可能なフィルム形状であるため、さまざまな形状のIoTデバイスに搭載することが可能です。(リコーニュースリリース)
GSIクレオス
GSIクレオスは、繊維と工業製品の分野で様々な事業を展開しています。有機薄膜太陽電池の分野では、カナダのBrilliant Matters社に出資して、同社の材料がリコーの有機薄膜太陽電池に採用されています。
【2023年10月】 当社の高分子材料を用いた有機薄膜太陽電池(OPV)大型モジュールをCEATEC 2023で展示
GSIクレオスは、自社で取り扱う高分子材料を用いた有機薄膜太陽電池の大型モジュール製品を、国内最大のIT技術とエレクトロニクスの展示会「CEATEC2023」に展示しました。(GSIクレオスニュースリリース)
Brilliant Matters
Brilliant Mattersは2006年創業のカナダのスタートアップです。GSIクレオス、リコー、nano-c、Nanointegrisなどと提携しています。Brilliant Mattersは最高の変換効率を実現するドナーおよびアクセプター材料を有しています。(Brilliant Mattersホームページ)
また、ドナー材料である有機半導体高分子は有害なスズを使用しないDirect Arylationで製造されています。
Brilliant Matters’ Materials Used in World Record OPV Module!
FAUとHI-ERNは、Brilliant Matters製の材料を使用したモジュールで14.5%の変換効率の世界記録を達成しました。(Brilliant Mattersニュースリリース)
MORESCO
MORESCOは特殊潤滑油、合成潤滑油、素材、ホットメルト接着剤、エネルギーデバイス材料などの開発、製造、販売をしています。MORESCOは山形大学と共同研究をしています。また、MORESCO-OPV Flexiという有機薄膜太陽電池の施工販売を行っています。MORESCO-OPV FlexiはSunewの製品を使用しており、日本各地数か所で導入事例があります。(MORESCOホームページ)
Sunew
ブラジルのスタートアップであるSunewは、有機薄膜太陽電池の世界最大の生産能力(40万m2/年)を有しています。また、1万m2以上の販売実績があります。
Epishine
スウェーデンのスタートアップであるEpishineは小型機器電源用の有機薄膜太陽電池を製造・販売しています。2022年3月に屋内の光で発電して動くセンサーを発売しました。
Dracula Technologies
Dracula Technologiesはフランスのスタートアップです。インクジェット印刷で有機薄膜太陽電池モジュールを製造する工場を立ち上げました。IoT機器向けの製品を製造・販売しています。
NanoFlex Power Corporation
NanoFlex Power Corporationは、ユビキタス太陽光発電用の有機薄膜太陽電池を開発しています。モバイル電源やビル統合型太陽光発電を製造しています。
東レ
東レは有機薄膜太陽電池のほかにペロブスカイト太陽電池も開発しています。ペロブスカイト太陽電池は実証実験を実施中で、有機薄膜太陽電池より開発ステージが先に進んでいます。
【2018年4月】 耐熱性・高効率・超薄型有機太陽電池 -ホットメルト手法で衣服に直接貼り付けるウェアラブル電源-
理化学研究所と東レらの共同研究グループは、耐熱性と高いエネルギー変換効率を兼ね備えた「超薄型有機太陽電池の開発に成功しました。本研究成果は、衣服貼り付け型の電源応用に大きく貢献すると期待できます。この有機太陽電池は、最大エネルギー変換効率10%を達成しながら、100℃の加熱でも素子劣化が無視できるほど小さいという高い耐熱性を持っています。また、大気環境中で80日保管後の性能劣化も20%以下に抑えられています。(東レニュースリリース)
カネカ
カネカは2008年に大阪大学と有機薄膜太陽電池の共同研究をしていましたが、最近は有機薄膜太陽電池関係のニュースはありません。カネカはペロブスカイト太陽電池の開発も行っており、ペロブスカイト太陽電池に注力しています。
東洋紡
東洋紡は、ファインケミカル事業で長年培った有機合成技術を応用し、低照度の室内用光源でも高い出力が得られる有機薄膜太陽電池用材料の開発に取り組んでいます。
【2020年3月】 室内光で世界最高レベルの変換効率を発揮する有機薄膜太陽電池用発電材料を実用化へ
東洋紡はフランス政府機関CEAと共同研究を実施し、薄暗い室内で世界最高レベルの変換効率を実現するガラス基板のOPV小型セルや、軽くて薄いPETフィルム基板のOPVモジュールの試作に成功しました。今後は温湿度センサーや人感センサーなどのワイヤレス電源用途で、2022年度中の採用を目指します。(東洋紡ニュースリリース)
しかし、2024年時点では実用化されたニュースはありません。
三菱ケミカル
三菱ケミカルは有機薄膜太陽電池を製品化することを、2015年8月に発表しました。同社の水島工場にてロールトゥロール方式で製造していました。また、複数の実証試験設備を設置して実使用環境での発電量や耐久性を検証していました。しかし、2017年に撤退しました。