G-B8ZBWWKGWV
PR

医薬品の約20%はフッ素化合物|フッ素医薬品の具体例と化学構造

2020年に承認されたフッ素医薬品 フッ素化学

自然界には塩素や臭素を含む有機化合物は多く見つかっていますが、フッ素を含む有機化合物は10種類程度しか見つかっていません。一方、医薬品にはフッ素化合物が多く、医薬品のうち20%程度がフッ素化合物です。

なぜフッ素化合物がこれほど利用されているのでしょうか?それは、フッ素には特異的な特徴(電気陰性度、原子の大きさ、C-F結合の結合エネルギー、疎水性の変化など)があるためです。フッ素化合物を医薬品として用いた場合、吸収性、代謝安定性、分布、生体内標的分子との親和性、安全性などが変化します。この変化を利用して、様々な効果的な医薬品が開発されてきました。

スポンサーリンク

フッ素化合物の特徴

フッ素化合物には他の元素には見られない特異的な特徴があります。

電気陰性度が全元素中で最大

電気陰性度の数値が大きいほど電子は原子核に引き寄せられます。分子中のフッ素は周辺の電気的物性に影響を与えます。例えば、σ‒結合を介した強い電子求引性の置換基効果により、カルボン酸やアルコールの酸性度を増大させ、アミンの塩基性度を減少させます。

化合物pKa化合物pKa
CH3COOH4.76CH3CH2OH15.9
CH2FCOOH2.59CF3CH2OH12.4
CHF2COOH1.24(CH3)3COH19.2
CF3COOH0.23(CF3)3COH5.0
CH3CH2COOH4.87C6H5OH10.0
CF3CH2COOH2.02C6F5OH5.5
  CH3CH2NH3+10.7
  CF3CH2NH3+5.4

フッ素原子は水素原子と同程度の大きさ

フッ素は原子の大きさでは水素の次の2番目です。そして、フッ素と水素は同程度の大きさです。そのため水素の代わりにフッ素を導入した場合、分子全体への立体的影響は少なく、生体内ではフッ素導入前の化合物と同様に認識されます。これをフッ素のミミック効果と呼びます。

C-F結合が化学的に安定

C‒F結合の結合エネルギー(485kJ/mol)はC‒H結合(413kJ/mol)より大きく、さらに結合距離も短いです。体内でもC-F結合はC-H結合より代謝に対して安定なため、医薬品開発においても保護的フッ素化として利用されています。

分子の疎水性の変化

脂肪族化合物にフッ素を導入すると親水性になり(LogPは下がり)、芳香族化合物にフッ素を導入すると疎水性になり(LogPは上がり)ます。

中程度の水素受容体

C-F結合のフッ素は中程度の水素受容体で、カルボニル基のC=Oと同程度の効果を示します。

フッ素化学

医薬品にフッ素化合物が活用される理由

一般的な医薬品開発では、まず化合物スクリーニングをして活性のある化合物を抽出し、さらにその中でも有望な化合物をリード化合物として選別します。このリード化合物に対して、目的とする活性、結合選択性、代謝安定性、安全性などを改良するよう、リード化合物にさまざまな改良が加えられます。

このとき重要なことのひとつが、化合物を分解されにくくすることです。生体内ではシトクロムP450と呼ばれる代謝酵素により薬が代謝され、別の化合物へと変換されてしまいます。そこで、これらの代謝酵素にすぐに分解されず、代謝安定性の高い化合物にする必要があります。この時、C-F結合が化学的に安定という特徴により、フッ素化合物が使用されます。

また、薬の標的となる酵素や受容体とより強力に結合させることも必要です。標的となる酵素や受容体の立体構造を解析し、どの部分に電荷を帯びているか、どこにどのくらいの大きさのポケットがあるかなどを解析し、より結合しやすい化学構造にしていきます。この時、フッ素原子は水素原子と同程度の大きさであるため医薬品の分子設計がやりやすくなります。

リード化合物をフッ素化すると活性、結合選択性、代謝安定性が上がる場合があり、フッ素は医薬品に多く利用されてきました。こうして、医薬品のうち20%程度がフッ素化合物となるまで広く利用されています[1][2][3]。

フッ素医薬品の例

最初のフッ素医薬品は、1954年に発売されたフルドロコルチゾン(フロリネフ)でした。フロリネフは9α位をフッ素化させた合成コルチコステロイドです。1950年代には5-FUも開発されました。これらはフッ素のミミック効果が考慮されており、分子は元の化合物と同様に生体認識されます。しかしその後の作用機序において、C-F結合の安定性により、元の化合物とは異なる化学反応が進行して医薬品としての活性が発現します。

次に登場したフッ素医薬品は、1980年代のフルオロキノロン類です。

これらの成功に触発されて、フッ素医薬品は注目を集め続けてきました。これまでに、ブロックバスターとなったリピトールを含む300以上のフッ素医薬品が登録されています。(2020年までに承認されたフッ素医薬品は353種)

医薬品としてのフッ素化合物

2020年には14種類のフッ素医薬品が登録されました。

2020年に承認されたフッ素医薬品
2020年に承認されたフッ素医薬品

フッ素医薬品の割合と傾向

1991年から2019年に世界中で登録された医薬品を全医薬品、低分子医薬品、フッ素系医薬品に分類して分析しました。フッ素医薬品は191種で、全医薬品1072種のうち18%、低分子医薬品839種のうち22%でした。さらに、登録された医薬品のうちフッ素医薬品の割合は少しずつ増加傾向にあります。

今後もフッ素医薬品は医薬品の中で重要な位置を占めるでしょう。

フッ素医薬品の割合と傾向
フッ素医薬品の割合と傾向

まとめ

この記事では、フッ素化合物の特徴、医薬品にフッ素化合物が活用される理由、フッ素医薬品の例、フッ素医薬品の割合と傾向を説明しました。フッ素医薬品は、フッ素の特異的な特徴(電気陰性度、原子の大きさ、C-F結合の結合エネルギー、疎水性の変化など)を活用して、医薬品のうち20%まで広まっていますし、今後も増加傾向です。

フッ素化合物としてはPFASのように健康被害が懸念されるために規制を受ける化合物もありますが、医薬品としてのフッ素化合物は今後も重要な位置を占めると考えられます。

文献

タイトルとURLをコピーしました