鈴木-宮浦カップリングの反応機構は、使用する化合物や反応条件によって変わると言われており、実はかなり複雑です。
反応機構についての論文を、酸化的付加、トランスメタル化、還元的脱離、塩基の影響、二層系の影響、添加剤の影響のトピックスに分けて16件紹介します。
酸化的付加
Hartwigは触媒の配位子やアリールハロゲン化合物の種類によって、異なる反応機構で酸化的付加することを報告しました。
ホスフィン配位子がかさ高い場合や、アリールハロゲン化合物が塩素の場合は、一度配位子が脱離してから酸化的付加しやすいです。逆にホスフィン配位子が一般的なサイズの場合や、アリールハロゲン化合物がヨウ素の場合は、配位子が脱離せずに酸化的付加しやすいです。
Fabiola Barrios-Landeros, Brad P. Carrow, and John F. Hartwig, J. Am. Chem. Soc., 2009, 131, 8141.
Labingerによると、配位子がかさ高くない場合、Pdの配位子がPdL2になるまで余剰の配位子は脱離します。また、Pdはまずアリールハロゲン化合物の芳香環へのη2配位を経由して協奏的に進行します。
よく使用される触媒テトラキストリフェニルホスフィン Pd(PPh3)4 はこのタイプの反応機構で酸化的付加しています。
Jay A. Labinger, Organometallics 2015, 34, 4784
XPhosやPCy3といったかさ高い配位子のパラジウム錯体の場合、酸化的付加に対する活性種は配位子がひとつだけ配位したPd(0)L1です。この活性種はアリールハロゲン化合物が存在しない状態では不安定で、もう一分子のPd(0)L1と不均化して安定なPd(0)L2錯体とPdブラックになります。ArXが存在する場合はPd(II)L(Ar)X錯体として安定に存在できるため、不均化してPdブラックになることはありません。
Angew. Chem. Int. Ed., 2013, 52, 5822.
Chem. Eur. J., 2019, 25, 6980.
同じ配位子であっても、反応速度に差が出ます。前駆体由来のアニオンや配位子が、Reactive species(酸化的付加に対する活性種)の反応性や、Major species(反応に仕込んだ錯体が反応系中で主に存在する形態)とReactive speciesとの間の平衡関係に影響するためです。
パラジウムdba錯体は使いやすいですが、論文中ではdbaがパラジウムの活性種に配位して反応速度を下げると説明されています。
C. Amatore, A. Jutand, J. Organomet. Chem., 1999, 576, 254
トランスメタル化
Lloyd-Jonesは、トランスメタル化にはBoronate Pathway (A) と、Oxo-Pd Pathway (B) の2通りがあると報告しました。どちらのパスを通るかは反応条件に依存します。
Alastair J. J. Lennox and Guy C. Lloyd-Jones, Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 7362.
Denmarkは2種類のOxo-Pd Pathwayがあることを確認しました。2座配位子の場合は片方の配位子が乖離して単座状態になってトランスメタル化します。
トランスメタル化はOxo-Pd Pathwayで進行するタイプが多そうです。
Andy A. Thomas, Andrew F. Zahrt, Connor P. Delaney, and Scott E. Denmark J. Am. Chem. Soc., 2017, 139, 3805
Denmarkはまた、かさ高いボロン酸エステルであるピナコールエステルやネオペンチルエステルは18のような中間体を経由せず、カップリング反応すると説明しています。
Andy A. Thomas, Andrew F. Zahrt, Connor P. Delaney, and Scott E. Denmark J. Am. Chem. Soc., 2018, 140, 4401
Soderquistはホウ素化合物の種類がボランかボロン酸エステルかによってトランスメタル化の反応機構に差が出ることを報告しています。
ボランの場合は塩基と反応してボレートになるBorate Pathwayでトランスメタル化し、ルイス酸性の低いボロン酸エステルの場合はボレートになりにくいためOxo-Pd Pathwayでトランスメタル化します。
K. Matos and J. A. Soderquist, J. Org. Chem., 1998, 63, 461–470.
還元的脱離
Hartwigは還元的脱離が促進される条件を報告しました。
- 配位子がかさ高い
- 錯体の電子密度が低い
- 脱離する配位子の電子密度が高い
- 脱離する二つの配位子の電子密度の差が大きい
- Ancillary Ligandがない
John F. Hartwig Inorg. Chem., 2007, 46, 1936
Huは、かさ高く電子供与性の強い配位子を持つパラジウム錯体の場合、還元的脱離後もpラジウムが芳香環にπ配位し続けることを報告しました。
J. Am. Chem. Soc, 2005, 127, 10006.
塩基の影響
Denmarkは、塩基は反応で消費される分に加えて、副成するボロン酸エステルがボロネートになるために消費される分がいるため、2当量以上必要と説明しました。
Andy A. Thomas, Andrew F. Zahrt, Connor P. Delaney, and Scott E. Denmark J. Am. Chem. Soc., 2018, 140, 4401
Jutandは塩基には反応促進させるふたつの役割と、反応阻害するひとつの役割があることを報告しました。
- ArPd(OH)(PPh3)2 が生成する
- 5配位Pd錯体を経由する還元的脱離が促進される
- 不活性なボロネートが生成する
Christian Amatore, Anny Jutand, and Gaetan Le Duc Chem. Eur. J. 2011, 17, 2492.
Jutandは、塩基のカウンターカチオンが反応速度に影響することを報告しました。カウンターカチオンのサイズが大きいほど(NBu4+ > Cs+ > K+ > Na+)オキソPd錯体のヒドロキシル酸素への配位においてボロン酸化合物と競合するためです。塩基のカウンターカチオンの酸素原子との親和力が高いと反応速度が下がります。
C. Amatore, A. Jutand, G. Le Duc, Chem. Eur. J. 2012, 18, 6616.
二相系の影響
Lloyd-Jonesは反応相の有機相ではボロネートではなくボロン酸であるため、二相系ではトランスメタル化がOxo-Pd Pathwayで進行しやすいことを報告しました。
Alastair J. J. Lennox and Guy C. Lloyd-Jones, Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 7362.
添加剤の影響
Ag(I)、Tl(I)
Ag(I)、Tl(I)を添加すると不溶性のAgXやTlXを生じさせるため、Pd-X → Pd-OH を促進して反応性を高めることが複数報告されています。例えば、Ag2O、TlOH、TlOEt、Tl2CO3です。
- J.-I. Uenishi, J.-M. Beau, R. W. Armstrong, Y. Kishi, J. Am. Chem. Soc. 1987, 109, 4756.
- S. A. Frank, H. Chen, R. K. Kunz, M. J. Schnaderbeck, W. R. Roush, Org. Lett. 2000, 2, 2691.
- D. A. Evans, J. T. Starr, J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 13531.
- D. A. Evans, J. T. Starr, Angew. Chem. Int. Ed. 2002, 41, 1787.
Cu
DengはCu塩を添加するとAr-B(OR)2のBとトランスメタル化して、Pdとのトランスメタル化活性を上げることを報告しました。
まとめ
鈴木-宮浦カップリングの反応機構についての論文を、酸化的付加、トランスメタル化、還元的脱離、塩基の影響、二層系の影響、添加剤の影響のトピックスに分けて紹介しました。その結果、使用する化合物や反応条件によって反応機構が変わることがわかりました。
みなさんの実験した鈴木-宮浦カップリングはどのような反応機構でしょうか。考えてみると面白いと思います。
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