半導体の微細化に伴い、フォトレジスト材料への要求水準が高くなっています。一般的なフォトレジストはマトリックスとして高分子化合物を使用していますが、フォトレジストの性能を改善するために低分子化合物をマトリックスとする分子レジスト(分子ガラスレジスト)が開発されています。この記事では分子レジストの特徴や利点、そして設計指針を説明し、代表的な分子レジストを紹介します。
分子レジスト(分子ガラスレジスト)とは?
一般的なフォトレジストは、ウエハー上にパターンを形成するためにベースとなる高分子化合物を含んでいます。分子レジスト(分子ガラスレジスト)とは、レジストの性能を改良することを目的として、高分子化合物(ベース樹脂)を低分子化合物(分子ガラス)に置き換えたレジストです。分子レジストに使用される分子ガラスと呼ばれる低分子化合物は、ガラス転移を示す低分子量の有機化合物で、安定したアモルファスガラスを形成します。
レジストの種類 | 組成 |
樹脂をベースとしたレジスト | 高分子化合物(ベース樹脂)、感光性化合物、添加剤、溶剤 |
分子レジスト | 低分子化合物(分子ガラス)、感光性化合物、添加剤、溶剤 |
なぜ分子レジストが必要なのか?
半導体の回路パターンが小さくなるに従い、フォトレジストが露光装置の光学像通りに解像されず、ギザギザしたパターンに解像される問題が無視できなくなっています。このギザギザは、LER (Line Edge Roughness) と呼ばれます。
一般的なフォトレジスト材料は、分子量が5~25kg/molの範囲にある高分子化合物を含んだ組成物です。高分子化合物はガラス転移温度(Tg)が高く非晶質であるため、約100℃の熱処理工程でも安定した薄膜を維持できます。しかし、高分子化合物は分子サイズが大きいことや、分子鎖の絡まりあいがあることから、LERの増大を引き起こす原因となります。
この問題を解決するために開発されているのが、分子レジストです。分子レジストは、LERを低減させることが期待されています[1]。
分子レジストに使用される分子ガラスの特徴
分子レジストに使用される分子ガラスと呼ばれる非晶質低分子化合物は、高純度で単一構造である低分子化合物の長所と、高い熱安定性や良好な塗布性である高分子化合物の長所を兼ね備えています[2]。また、高分子は異なる機能を持つ複数のモノマーをランダム共重合で製造するため、高分子鎖ごとにモノマーの構成比率が異なり、ポリマー鎖ごとに機能がバラツキます。低分子化合物である分子ガラスは単一組成で機能を均一分散できます。
高分子化合物(ベース樹脂) | 低分子化合物(分子ガラス) | |
構造的特徴 | ・多分散 ・機能の偏在 ・分子量は5~25kg/mol ・Tgは100℃以上 ・非晶質 | ・単分散 ・機能の均一分散 ・分子量は1~2kg/mol ・Tgは100℃以上 ・非晶質 |
フォトレジストに 使用した際の利点 | ・Tgが高く熱処理工程で安定 | ・Tgが高く熱処理工程で安定 ・機能が均一分散しているため現像工程で溶解ムラが少ない ・分子サイズが小さいためLERを低減させる ・低分子化合物のため高純度にできる |
フォトレジストに 使用した際の欠点 | ・高分子鎖の絡まりあいがありLERを増加させる ・機能のバラツキがある ・構造欠陥がある |
高分子化合物と分子ガラスのサイズの対比
最先端リソグラフィー技術は、解像度が10nm以下のパターンを形成します。レジストの性能は、解像度、LER、感度、ガス放出、断面プロファイル、欠陥制御、吸光度、耐エッチング性など、さまざまな要素で評価されます。特に解像度、LER、および感度はトレードオフ関係にあり、RLSトレードオフと呼ばれ、これを打破するべく様々な取り組みがなされています。
LERの改善には微細化に伴う分子サイズの影響を考慮することが重要です。一般的に使用されるレジスト中の高分子化合物の分子量は概ね数千から数万程度であり、分子サイズに換算すると約2~3nm前後です。すなわち最先端のプロセスにおいては、パターンサイズが分子サイズの数倍のサイズとなり、1分子が現像されるかどうかでパターン形状やLERに大きな影響を与えることになります。
高分子化合物と分子ガラスのサイズがどれだけ違うのかイメージを持ってもらうため、高分子化合物(左)と分子ガラス(右)の図を示します[3]。高分子化合物はポリヒドロキシスチレンの50両体、分子ガラスは6,6′,7,7′-テトラヒドロキシ-4,4,4′,4′-テトラメチル-2,2′-スピロビクロマンです。
分子ガラスの設計指針
すべての物質は融点以下の温度でガラス状態に変化できます。しかしほとんどの場合、融点とTgの間の温度では結晶化傾向が強いため、ガラス状態にはなりません。
低分子化合物の非晶質相の安定性は、非晶質相から結晶相への転移に関連する運動パラメータである結晶成長速度と最大結晶成長温度に影響されます。低分子化合物の最大結晶成長温度が高く、最小結晶成長速度が低い場合、非晶質状態が安定になります。したがって、分子ガラスは結晶化に抵抗するよう非対称で不規則な分子構造にする必要があります。非対称で不規則な分子構造にすることで、フォトレジストの塗布時に結晶が析出せず、均質な塗膜形成が可能となります。分子ガラスの代表的な分子構造としては、分岐型、スピロ型、リング型などがあります。
分子ガラスをフォトレジストに使用する場合、熱処理工程およびエッチング工程でパターンを維持するために、高いTgとエッチング耐性を持つ必要もあります。
Tgを高くするためには、自由体積を減少させ、分子軸の周りの回転を制限する構造とします。tert-ブチル、ビフェニル、フルオレン部分などの剛直でかさばる基を含めると、分子の並進、回転、振動運動が妨げられ、Tgが高くなります。
エッチング耐性を得るためには、ベンゼン環や脂環式構造を持たせます。
分子ガラスの例(感光性化合物混合型)
分子ガラスと感光性化合物が別分子で、フォトレジストの組成が「低分子化合物(分子ガラス)、感光性化合物、添加剤、溶剤」のタイプの具体例を紹介します。
分岐型
分岐型分子ガラスとしては、トリフェニルベンゼンをベースとした化合物[4]、トリフェニルメタンをベースとした化合物[5-6]、トラキセンをベースとした化合物[7-8]などが知られています。
※この記事では「PG」を水素原子または保護基の意味で使用しています。保護基は、t-BOC基などの酸で分解して脱離する基です。
スピロ型
スピロ型分子ガラスとしては、6,6′,7,7′-テトラヒドロキシ-4,4,4′,4′-テトラメチル-2,2′-スピロビクロマン[9]が知られています。
リング型
リング型分子ガラスの代表例として、カリックス[n]アレーン[10-11]と、カリックス[4]レゾルシナレーン[12]が挙げられます。これらはフェノール化合物であり、エッチング耐性と基板密着性が良好です。
シクロデキストリンは、Tgが高く、さらに化学修飾を可能にする多数のヒドロキシル基が存在するため、多くの誘導体がフォトレジストとして検討されています[13]。また、シクロデキストリンは非芳香族系で193nmの波長を吸収しないため、ArF用フォトレジスト材料として使用できます。
Noria分子は、高い剛性と高いガラス転移温度を持ち、分子内に多くのフェノール性水酸基を有するため、有望な分子ガラスレジストとして注目されています[14-19]。
その他
非芳香族系の分子ガラスとしてコール酸(cholic acid)誘導体が用いられた例があります[20]。コール酸誘導体は193nmの波長を吸収しないため、ArF用フォトレジスト材料として使用できます。
分子ガラスの例(感光性化合物一体型)
感光性化合物が分子ガラスに結合して、フォトレジストの組成が「感光性化合物一体型低分子化合物(分子ガラス)、添加剤、溶剤」のタイプの具体例を紹介します。感光性化合物と分子ガラスを結合させることで、PAGの分散ムラがなくなり、LERの改善が期待できます。
感光性化合物と分子ガラスを結合したタイプには、トリフェニルベンゼンやトリフェニルアミンをベースとした化合物[21]、カリックス[4]レゾルシナレーンをベースとした化合物[22]、トリフェニルスルホニウム塩をベースとした化合物[23-24]などが知られています。
分子レジストの原理・メカニズム
分子レジストは低分子化合物なので、従来の高分子ベースのフォトレジストと化合物のサイズは異なりますが、酸によって脱離する保護気が付いている点では同じです。そのため原理・メカニズムは似ています。
分子レジストに入っているPAG(光酸発生剤)が光を照射されて酸を発生し、その酸が分子レジストの保護基を脱保護します。脱保護前は親油性の分子レジストが、脱保護されると親水性になり、現像液に溶解するようになります。
原理・メカニズムはKrF・ArFフォトレジストと同様です。
まとめ
分子レジストはLERを低減するための方法として期待されています。この記事では、分子レジストの特徴や利点、そして設計指針を説明しました。また、代表的な分子レジストを紹介しました。
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関連文献
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