この記事では、次世代の理想的な二次電池になることが期待されて活発に研究開発されている全固体電池について紹介します。全固体電池は、安全性が高く、エネルギー密度が高く、作動温度範囲が広く、急速充電できることが長所です。また、全固体電池で開発されてきた様々な種類の電解質についても紹介します。全固体電池は発展途上の技術であり、イオン電導度が低い、界面抵抗が高い、部材の密着性が低いといった課題がありますが、今後は材料開発が進んで実用的になり、急激に市場が立ち上がることが予想されています。
全固体電池とは
一般的な電池の電解質は液体ですが、電解質を固体にしたものを全固体電池と呼びます(電解質以外は従来も固体でした)。全固体電池は電池の種類を問わない用語ですが、通常「全固体電池」というとリチウムイオン電池の電解質を固体にした全固体リチウムイオン電池を意味しています。この記事でも、全固体リチウムイオン電池について紹介しています。
全固体リチウムイオン電池は二次電池の理想形です。その理由は、安全性が高く、エネルギー密度が高く、作動温度範囲が広く、急速充電できる可能性があるためです。
ただし、このような理想的な二次電池にするための材料はまだ見つかっておらず、今後の開発にかかっています。
全固体電池の長所
全固体電池は開発途上の技術ですが、電解質を液体から固体に変更することで多くのメリットが期待されています。
安全性が高い
一般的なリチウムイオン電池では、電解液にカーボネート系の有機溶剤を使用しているため、液漏れや発火の危険性があります。全固体電池では電解質が固体なため、液漏れしませんし発火もしません。
エネルギー密度が高い
電解質を固体にすると、短絡の原因となるリチウムデンドライトの成長を抑制できるため、負極に全元素中で最低電位であるリチウム金属を使用でき、エネルギー密度を向上させることが可能です。電解質が液体の場合は負極にリチウム金属を使用できず、グラファイトを使用するのが一般的でした。
また、リチウム金属負極はグラファイト負極より容量が大きいため、さらにエネルギー密度を高めることができます。
作動温度範囲が広い
液体電解質のリチウムイオン電池は作動温度範囲に制限があります。高温では電解液の揮発や沸騰の懸念があり、使用可能な最大温度は60℃程度です。また高温では副反応や電解液の劣化などが促進されるため、電池の寿命が短くなる傾向があります。逆に低温では電解液の粘度が高くなるためイオン電導度が低下し電圧が低下します。
一方で固体電解質は高温に耐える安定性があり、低温でも凍らないため、全固体電池では上記の問題は起こりません。
リチウムイオン電池をEVに使用する場合、液体電解質のリチウムイオン電池では冷却装置や加熱装置をつけて電池の温度を調節していますが、全固体電池にすればその必要がなくなり、そのかわり多くの電池を車に搭載できて走行距離が伸ばせます。
急速充電できる
電池は急速に充電するほど発熱しますが、固体電解質は高温に強いため急速充電が可能です。
EVの普及を妨げる原因のひとつは充電に時間がかかることですが、全固体電池にすると充電時間を短縮できます。
全固体電池の部材
液体電解質のリチウムイオン電池と全固体電池の主要4部材の代表的な材料を比較します。最も大きな違いは、もちろん電解質が液体から固体に変更されたことです。電解質が固体になることに伴い、リチウムデンドライトの成長を抑制できるため負極にリチウム金属を使用できるようになり、電解質がセパレータの役割を兼ねるためセパレータが不要になります。
液体電解質の リチウムイオン電池 | 全固体電池 | |
正極 | 高電位の金属酸化物 | 高電位の金属酸化物 |
負極 | グラファイト | リチウム金属 |
電解質 | カーボネート系有機溶媒 +リチウム塩 | 金属酸化物、金属硫化物、高分子など |
セパレータ | ポリオレフィン系多孔質膜 | 不要 |
全固体電池の電解質
固体電解質は、主に無機系、高分子系、無機+高分子ハイブリッド系の3種類に分類できます。
一般的にイオンは液体中では移動しやすいですが、固体中では移動しにくいです。全固体電池はイオン電導度の高い固体電解質の開発が重要です。
無機系
無機系電解質としては硫化物系と酸化物系が主に使用されています。
硫化物系は、固体電解質として以下のように優れた特徴があります。
- 硫化物系は酸化物系よりアニオンのイオン半径が大きく、リチウムイオンの伝導経路であるアニオンの間隔が広いため、イオン電導度が高い。
- 硫化物イオンの分極率が高くアニオン格子のリチウムイオンの束縛力が弱いため、イオン電導度が高い。
- 柔軟性や密着性があり亀裂が入り難くいため、界面抵抗が低い。
- 室温加圧で成型できる優れた加工性を有している。
一方で硫化物系は水や水蒸気と反応して硫化水素ガスを発生させるため、成型工程でドライルームの設備を用意する必要があります。また、EVで交通事故が起きた場合に硫化水素ガスで二次災害が起きるリスクがあるため、硫化水素ガスが発生しにくい材料を開発する必要があります。
酸化物系は水と反応することはなく、安定性と安全性に優れています。一方で硫化物系よりもリチウムイオン電導度が低い傾向があります。
硫化物系 | 酸化物系 | |
イオン伝導度 | 〇 液体電解質と同等のものもある | × 低 |
加工性 | 〇 室温加工可能 | × 高温加工 |
粒子間接触 | 〇 比較的柔らかい粒子 | × 比較的かたい粒子 |
安全性 | × 水と反応して硫化水素発生 | 〇 大気中で安定 |
組成 | リチウムイオン伝導度 mS/cm |
Li9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3 | 25 |
Li7P3S11 | 17 |
Li10GeP2S12(LGPS) | 12 |
Li0.34La0.51TiO2.94(LLTO) | 1(結晶) |
Li1.3Al0.3Ti1.7(PO4)3(LATP) | 0.7 |
Li6.8La3(Zr1.8Nb0.2)O12 | 0.8 |
LiTa2PO8 | 1.6 |
Li7La3Zr2O12(LLZO) | 0.25 |
Li1.5Al0.5Ge1.5(PO4)3(LAGP) | 5 |
高分子系
高分子系電解質はゲル状であり、液体電解質と比べて揮発性や液漏れに対する安全性が向上しています。しかし高分子系電解質の耐熱性や電気化学的安定性が低いことや、発火リスクがあることは液体電解質と同等です。さらに高分子系電解質は柔らかいためリチウムデンドライトの成長を阻害できず、短絡のリスクがあるため負極にリチウム金属を使用できません。
高分子系電解質としては、PEO(ポリエチレンオキサイド)、PEG(ポリエチレングリコール)、PDOL(ポリ-1,3-ジオキシラン)、PS(ポリスチレン)、PVEC(ポリビニルエチレンカーボネート)、PAN(ポリアクリロニトリル)、PMA(ポリ-N-メチルマロン酸アミド)、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)等の高分子が用いられます。さらに、LiTFSI(Lithium Bis(trifluoromethanesulfonyl)imide)、LiTFPFB(lithium trifluoro(perfluoro-tert-butyloxyl)borate)、LiDFOB(Lithium difluoro(oxalato)borate)、LiIなどのリチウム塩が添加される場合もあります。
組成 | リチウム イオン 伝導度 mS/cm | 電位窓 V | 電極 | 容量 mAh/g | |
PMA + PEO | 0.21 | — | LiCO2/Li | 119 (0.1C) | 文献 |
PEO + Succinonitrile + LiTFPFB + LITFSI | 0.5 | 0–5 | LiCO2/Li | 152 (0.1C) | 文献 |
PS-PEG-PS ブロックポリマー | 1.1 | 0–4.5 | NCM523/Li | 130 (0.1C) | 文献 |
PVEC–LITFSI–SiO2 | 1.35 | 3.0–4.6 | LiCO2/Li | 153 (0.1C) | 文献 |
PDOL + LiDFOB | 0.25 | 0–4.9 | NCM811/Li | 175 (0.2C) | 文献 |
PEO + LITFSI + LiI | 0.21 | — | NCM811/Li | 125 (0.5C) | 文献 |
PVEC | 0.21 | 0–4.8 | LiCO2/Li | 140 (1C) | 文献 |
無機+高分子ハイブリッド系
ハイブリッド系電解質は、無機系固体電解質と高分子系固体電解質のそれぞれの欠点を克服し利点を活用するために改良されてきました。無機+高分子ハイブリッド系にすることで、高分子が無機固体電解質の隙間を埋め、無機系の密着性不足を補うことができます。
組成 | リチウム イオン 伝導度 mS/cm | 電位窓 V | 電極 | 容量 mAh/g | |
PAN + PAN@LAGP + PEGDA | 0.37 | 0–5 | NCM622/NCM811/Li | 185 (0.5C) | 文献 |
LLZTO/PVDF | 0.27 | 0–4.77 | LiCO2/Li | 120 (0.1C) | 文献 |
PTFE + Li6PS5Cl + Li3InCl6 + LLZTO | 0.52 | — | NCM811/Li | 173.6 (1/3C) | 文献 |
全固体電池の課題
全固体電池の主な課題は、リチウムイオン伝導度が低いこと、界面抵抗が高いこと、電極-電解質間や電解質-電解質間の密着性が低いことです。
イオン電導度
ほとんどの固体電解質は本質的に液体電解質よりもイオン電導度が低いです。ごく一部で、液体電解質と同等のイオン伝導度(約1~10 mS/cm)を示す固体電解質が発見されています。具体的には「全固体電池の部材」で紹介したLi9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3(25 mS/cm)、Li7P3S11(17 mS/cm)、Li10GeP2S12(12 mS/cm)などです。
一方でイオン伝導度が高い硫化物系電解質は電気化学的安定性が低いため、充放電中に正極側で酸化されやすいです。
界面抵抗
全固体電池は従来の液体電解質リチウムイオン電池と比較すると界面抵抗が高く、そのため電池性能が低いです。電極や電解質での化学反応が界面抵抗を増加させる原因です。
正極での反応
電気化学的に安定に存在できる範囲を超える電圧が電解質に加えられると、電解質は電極と反応します。電解質が酸化状態の高い正極(特に充電時)と接触すると、電解質が酸化されて正極材料の表面を覆う界面膜を形成することがあります。この界面膜はリチウムイオンを透過させず、界面抵抗が増加します。
この対策として、正極の表面を修飾保護して電解質の酸化を防ぐ方法が検討されています。
表面修飾剤としては、LiBO3、Li3PO4、Li4Ti5O12、Li1.4Al0.4Ti1.6(PO4)3(LATP)、LiDFOB、LiTFSI、LIBOB、Al2O3などの無機化合物や、PECA(ポリエチルシアノアクリレート)、PVDF、HFP、PAN、PPC(ポリプロピレンカーボネート)、PT(ポリチオフェン)などの高分子化合物が検討されています。
負極での反応
全固体電池の負極として一般的に使用されるリチウム金属は非常に低い電位のため、電解質や大気中の窒素、酸素、水分、二酸化炭素など多くの化合物と即座に反応します。反応したリチウム金属は不動態化して固体電解質界面膜(SEI)が形成されます。このSEIは界面抵抗を増加させます。
この対策として、負極のリチウム金属をあらかじめ表面修飾してSEIを抑制する方法が検討されています。
負極にリチウム金属を使用して電池を作成するとSEIが生成しますが、SEIの分析は困難なために論文などのデータはSEIによる影響を考慮せずに解釈されてしまっています。
密着性
全固体電池が高い性能を発揮するためには、正極集電体-正極、正極-電解質、電解質-電解質、電解質-負極のそれぞれを常に密着させなければなりません。しかし全固体電池は充放電において電極物質が膨張/収縮するため隙間が発生し、密着させ続けることが困難です。また、正極や電解質に亀裂が入って隙間ができることもあります。
特に酸化物系電解質はヤング率(剛性)が高いため、硫化物系と比較して界面の密着性が劣ります。
これに対して従来の液体の電解質は常に変形するため密着させ続けることが可能でした。
全固体電池の市場規模予測
富士経済グループによると、全固体電池は2025年ごろに市場が立ち上がり始め、2040年には全世界で3兆8,000億円を超える市場規模になると予想されています。電解質としては硫化物系と酸化物系が多いと見込まれています。
全固体電池開発企業
トヨタと出光興産は共同で全固体電池を開発し、2027~2028年に全固体電池EVを実用化することを目指しています(プレスリリース)。日産も同様に2028年に全固体電池EVを実用化することを目指しています(プレスリリース)。
まとめ
この記事では、次世代の理想的な二次電池になることが期待されて活発に研究開発されている全固体電池について紹介しました。全固体電池は、安全性が高く、エネルギー密度が高く、作動温度範囲が広く、急速充電できることが長所です。また、全固体電池で開発されてきた様々な種類の電解質についても紹介しました。全固体電池は発展途上の技術であり、イオン電導度が低い、界面抵抗が高い、部材の密着性が低いといった課題がありますが、今後は材料開発が進んで実用的になり、急激に市場が立ち上がることが予想されています。
関連書籍
全固体電池について基礎から分かりやすく解説されていますので、最初に読む本として最適です。
全固体電池を作製するための方法、プロセス技術、現実的なセル設計を考えたセラミックと高分子のコンポジットタイプの電解質について、これまでの研究で達成できている材料開発や電池の作製方法、今後解決するべき問題点などが解説されています。
この本は、全固体電池に関心のある読者が最初に読む本として適しています。全固体電池の研究に携わる複数の著者が最新の情報を説明しています。全固体電池の開発の歴史と進展、従来のリチウムイオン電池と比較して全固体電池が安全性、寿命、性能などでどのように優れているか、全固体電池の成果や課題、全固体電池の今後の展望について説明されていました。
この本は、リチウムイオン電池・全固体電池における活物質粒子や電極の作製方法、粒子や電極の構造分析や解析方法、電池の出力特性の評価方法などについて詳しく説明しています。その内容は、電池分野に経験がある人にとっては理解しやすく、特に企業の若手研究者にとっては有益な情報源となるでしょう。また、化学系の学生には問題ない内容ですが、電気系や機械系の学生には材料分析や電気化学の知識が必要です。特に、固体電池に関心がある場合はこの本を購入することをお勧めします。具体的なリチウムイオン電池の構成材料やプロセス技術、評価方法について網羅されており、特に電極活物質に関する詳細な情報が提供されています。ただし、バインダーやセパレーターに関する情報は限られているため、関連書籍が必要です。電極活物質の研究に従事している人には非常に役立つ内容です。
参考文献
- A review of all-solid-state electrolytes for lithium batteries: high-voltage cathode materials, solid-state electrolytes and electrode–electrolyte interfaces(https://doi.org/10.1039/D2QM01071B)
- Promising All-Solid-State Batteries for Future Electric Vehicles(https://doi.org/10.1021/acsenergylett.0c01977)
- Interfaces and Interphases in All-Solid-State Batteries with Inorganic Solid Electrolytes(https://doi.org/10.1021/acs.chemrev.0c00101)
- 全固体電池開発の現状と展望(https://doi.org/10.11332/kinoushi.57.3)