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リチウムイオン電池の「電解質」「SEI」の化学的な説明

リチウムイオン電池(アイキャッチ) 化学産業の話題
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リチウムイオン電池に使用される部材について化学的に説明します。この記事で取り上げる部材は、電解質(電解液、リチウム塩、添加剤)、と電極表面被膜(SEI)です。SEIは充電/放電の過程で形成されるため通常は部材とは言いませんが、リチウムイオン電池の重要な構成要素なのでSEIについても説明しています。

けむさん
けむさん

リチウムイオン電池についてはほかにも記事を書いています。ぜひご覧ください。

電解質

リチウムイオン電池の電解質は一般的に、有機溶媒、リチウム塩、添加剤で構成されます。電解質に求められる要件は次のとおりです。すべての要件を満たす単一の化合物はないため、複数の化合物を混合して特性を調整しています。

  • イオン輸送を促進するための低い粘度(電解液)
  • リチウム塩を溶解させるための高い誘電率(電解液)
  • 広い温度範囲で液体として存在する(電解液)
  • 可燃性が低い(電解液)
  • 広い電気化学ウィンドウ(電解液、リチウム塩)
  • 高いイオン伝導率(リチウム塩)
  • 正極や負極に安定した電極表面被膜(SEI)を形成する(電解液、添加剤)

電解質の最低空分子軌道(LUMO)と最高被占分子軌道(HOMO)は、それぞれ負極の電気化学ポテンシャル(μa)より高く、正極の電気化学ポテンシャル(μc)より低いことが好ましいですが、この条件を満たす適切な電解質はなく、その代わり正極や負極に安定したSEIを形成できる電解質が利用されています。

溶媒

商用リチウムイオン電池で最も一般的に使用される溶媒はカーボネート系化合物です。カーボネート系化合物は誘電率が高いため、リチウム塩を効率よく解離させ、リチウムイオンに溶媒和して安定化させることができます。

プロピレンカーボネート(PC)

プロピレンカーボネート(PC)はエチレンカーボネート(EC)に比べて融点が低く低温で使用する際に有利なため、リチウムイオン電池の開発初期は電解液にはPCが使用されていました。PCはグラファイトに挿入してグラファイトの層構造を損傷させる性質があります。そのためPCを溶媒とする場合、負極には比容量の大きなグラファイトを使用できず比容量の小さな石油コークスを使用していました。

エチレンカーボネート(EC)

その後、ECが特異的にグラファイト負極にSEIを形成してグラファイトの剥離を抑制できることがわかり、リチウムイオン電池でグラファイト負極を使用できるようになりました。

ECはPCよりもリチウムを溶媒和した際のシェル内でより多くのアニオン(例:PF6-)を含む傾向があります。そのためより多くのフッ素を含むSEIを形成し、SEIのLUMOとHOMOの間のエネルギーギャップが負極からの電子トンネルを絶縁するのに十分な大きさのため、電解質の分解を効果的に抑制できます。

鎖状カーボネート

ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネート(EMC)などの鎖状カーボネートは粘度が低いため、電解質の粘度を下げてイオン輸送を促進するために。ECやPCといった環状カーボネートに混合して使用されます。

フッ素化カーボネート

フッ素化カーボネートは比フッ素化カーボネートと混合することで、低温性能、高温耐性、高いリチウムイオン伝導度が向上します。これは負極のSEIの性能が改善するためと言われています。フッ素化カーボネートとしては、例えばメチルトリフルオロエチルカーボネート(MTFEC)、エチルトリフルオロエチルカーボネート(ETFEC)などがあります。

電解液‗カーボネート系

直鎖状カルボン酸エステル

直鎖状カルボン酸エステルは、粘度が低く酸化に対して安定な特徴があり、主に共溶媒として使用されます。宇宙での使用を想定した-30℃未満で利用されるリチウムイオン電池に適用できる可能性があります。

スルホン

アルキルスルホンは、誘電率が高く、可燃性が低く、正極で安定したSEIを形成することが知られています。しかし、負極にSEIを形成しない、イオン伝導性が低い、粘度が高いといった欠点があります。スルホンとしては、例えばテトラメチレンスルホン(TMS)、エチルメチルスルホン(EMS)、ブチルスルホン(BS)などがあります。

ニトリル

ニトリルは、誘電率が高く、粘度が低く、イオン伝導率が高いです。しかし、負極にSEIを形成しない、電気化学的安定性の範囲が狭いといった欠点があります。ニトリルとしては、例えばアセトニトリル(AN)、3-メトキシプロピオニトリル(MPN)などがあります。

リン含有溶媒

リン含有溶媒は不燃性を付与する特徴があり、主に共溶媒として使用されます。しかし、負極にSEIを形成しない、電気化学的安定性の範囲が狭いといった欠点があります。リン含有溶媒としては、例えばジメチルメチルホスホナート(DMMP)などがあります。

エーテル

エーテルは電気化学的安定性の範囲が狭いためリチウムイオン電池の電解液には適切ではありません。一方でフッ素化エーテルは電解液として使用可能で、不燃性を付与する特徴があります。フッ素化エーテルとしては、例えば1,1,1,2,3,4,4,5,5,5-デカフルオロ-3-メトキシ-2-トリフルオロメチルペンタン(TMMP)などがあります。

電解液‗その他

高分子電解質

液体電解質の液漏れリスクを下げる目的で高分子電解質が検討されてきました。ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリエチレンオキサイド(PEO)、ポリアクリロニトリル(PAN)をベースとしたポリマーに、少量の溶媒を加えたゲル高分子電解質が一般的です。

リチウム塩

一般的にリチウム塩にはLiPF6が使用されます。

LiPF6

LiPF6は使用できる温度範囲が広く、負極に安定なSEIを形成でき、リチウムイオン導電率が高いため、電解質に広く使用されています。しかしLiPF6は加水分解への耐性が低く、分解してHFとPF5を発生させ、これらが電池内で望ましくない副反応の原因になります。

LiBF4

LiBF4はLiPF6と比較してリチウムイオン導電率が低くSEIの形成が不十分ですが、加水分解安定性が向上しているためLiPF6の代替品として使用されることがあります。

リチウムイミド

リチウムビス(トリフルオロメタンスルニル)イミド(LiTFSI)、リチウムビス(フルオロメタンスルニル)イミド(LiFSI)などのイミドベースのリチウム塩も、商用デバイスに代表的なリチウム塩です。LiTFSIはイオン伝導性が高く、加水分解耐性が高いです。LiFSIは、過熱条件下でもHFを発生させず、加水分解耐性が高いです。

リチウム塩‗イミド

LiF

LiFは電極表面でのリチウムイオンの拡散を向上させてリチウムデンドライトの成長を抑制する効果や、リチウム金属負極に安定なSEIを形成する効果が知られています。

添加剤

添加剤は、安定なSEIを形成させる、リチウムイオン電池の安全性を高める、安全性を高めるなど様々な目的で添加されます。SEIを形成させる目的の添加剤は、負極用なら電解液よりLUMOが低い化合物、正極用なら電解液よりHOMOが高い化合物が使用されます。

電解質化合物例

ビニレンカーボネート(VC)

ビニレンカーボネート(VC)は最も一般的に用いられる添加剤で、負極表面で電解液より先に反応してSEIを形成します。下に示したのはVCが負極で反応してポリマーになる際の想定される反応式です。

フルオロエチルカーボネート(FEC)

FECも負極に良好なSEIを形成します。FECを使用すると多孔質で電解質の透過性が高く、薄いSEIができると言われています。

添加剤‗カーボネート系
添加剤‗VCの推定メカニズム

ビニル化合物

VCと同じ効果を期待して様々なビニル化合物が添加剤として検討されました。ビニル化合物の還元電位が低いほど、 負極でSEIを形成しやすいです。ビニル化合物としては、例えばアリルエチルカーボネート(AEC)、テトラクロロエタン(TCE)などがあります。

添加剤‗ビニル系

LiBOB、LiDFOB

LiBOBは、シュウ酸部分の効果でグラファイト負極に安定なSEIを形成することや、LiPF6より耐熱性が高い特徴があります。LiBOBは正極にもSEIを形成し、正極からの遷移金属元素の溶解を最小限に抑えて、電池容量の低下を抑制することもできます。

ジフルオロオキサラトホウ酸リチウム(LiDFOB)はLiBF4とLiBOBの中間的な性質を示します。LiBOB よりも溶解度が高く、溶液の粘性が低くなり、導電性が高くなり、したがって低温での電池特性が向上します。

添加剤‗LiBOB系

ボロキシン

トリメトキシボロキシン(TMOBX)は正極にSEIを形成します。TMOBXは、その濃度が 1% 未満の場合、セルのインピーダンスを減少させ、サイクル寿命を延ばす効果があります。

添加剤‗TMBOX系

硫黄化合物

硫黄化合物はカーボネートよりLUMOが低く、負極に安定なSEIを形成します。ブチレンサルファイト(BS)、1,3-プロパンスルトン(PS)、ブチルスルトン(BS)とプロパ-1-エン-1,3-スルトン(PES)などが知られています。

添加剤‗硫黄系

イソシアネート

イソシアネートも負極にSEIを形成します。イソシアネートは重合してポリアミドになる反応が推定されています。イソシアネートとしては、例えばペンタフルオロフェニルイソシアネート(PFPI)などがあります。

添加剤‗イソシアネート系

ホウ酸化合物、リン酸化合物

LiFePO4(LFP)やLiMn2O4(LMO)正極材は高温または高電位で溶解し、容量とサイクル寿命が低下します。添加剤としてジフルオロ(オキサラト)ホウ酸リチウム(LiDFOB)、ビス(シュウ酸)ホウ酸リチウム(LIBOB)とトリス(2,2,2-トリフルオロエチル)リン酸、トリス(トリメチルシリル)リン酸(TMSP)などのホウ酸化合物やリン酸化合物を使用すると、正極に界面電荷移動を妨げない効果的なSEIを形成し、容量の低下を抑制し、サイクル寿命を延ばすことができます。

芳香族オリゴマー

ベンゼンや複素環化合物(フラン、チオフェン、ピロール)のオリゴマーは、リチウムイオン電池の開発初期は過充電防止用の添加剤として使用されてきました。電圧が高くなると芳香族オリゴマーが重合して正極表面に堆積し、インピーダンスを増加させて電流を止める働きをします。この機能を働かせるためには1%以上添加する必要がありました。

添加剤‗オリゴマー系

一方で、芳香族オリゴマー濃度を0.1~0.2%に下げると正極上で重合してできたポリマー膜がSEIとなってサイクル寿命が延びることが発見されました。芳香族オリゴマーとしては、例えばターチオフェンがあります。

リン化合物

亜リン酸塩(TPFPP)は正極にSEIを形成することが確認されました。TPFPPを使用するとマンガンの溶解を抑制する効果がありました。

添加剤‗リン系

電極表面被膜(SEI)

リチウムイオン電池は電解質の化学的安定性を超えた高い電圧で設計されているため、電解質が分解されます。リチウムイオン電池を安定に動作させるためには、微量の電解質が分解して電極表面にSEIを形成し、電解質の継続的な分解を防ぐ必要があります。SEIは電解質の分解を抑制しながらリチウムイオンを通過させることができます。

SEIは電池作製時にはありませんが、最初の充電および放電時に電極周囲に形成され、充放電が繰り返されるたびに少しずつ成長して厚さが増し、一定の厚さで成長が止まります。SEIは厚さが10〜50nmで、有機物と無機物の両方を含む電解質分解生成物で、不均一で多孔質であり、リチウムイオンと電解質溶媒の両方を透過させる有機物外層と、リチウムイオンを透過させる無機物内層からなると考えられています。SEIはリチウムイオン電池の重要な要素ですが、経時的に厚さが増すことや、複数の電解質が分解した複雑な混合物であるため、SEIの組成や生成メカニズムは不明確な部分が多いです。

SEIは電池作製時にはありませんが、リチウムイオン電池には必要な部材と考えることができます。

SEIの模式図

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この本は電池に関する幅広いトピックを丁寧に記載しており、電池の歴史、種類、構造、データに基づく反応、製造方法などが詳しく説明されています。電池についての基本知識を持たない素人でも理解できる内容です。また、一般にはあまり知られていないリチウムイオン電池の安全試験などの情報も含まれており、非常に有用な本と言えます。さらに、電池材料開発の基礎的な考え方も包括的に説明されています。本書はリチウムイオン電池の基本から充放電技術、安全性まで具体的に解説されており、学術的な難解さではなく実務的な内容に焦点が当てられています。ただし、本書は一般的な内容に焦点を当てており、最新の開発的技術については別の情報源を探す必要があるかもしれません。しかし、他の一般的な本とは異なる視点で、読者にとって有益な情報源になります。

この本は、リチウムイオン電池・全固体電池における活物質粒子や電極の作製方法、粒子や電極の構造分析や解析方法、電池の出力特性の評価方法などについて詳しく説明しています。その内容は、電池分野に経験がある人にとっては理解しやすく、特に企業の若手研究者にとっては有益な情報源となるでしょう。また、化学系の学生には問題ない内容ですが、電気系や機械系の学生には材料分析や電気化学の知識が必要です。特に、固体電池に関心がある場合はこの本を購入することをお勧めします。具体的なリチウムイオン電池の構成材料やプロセス技術、評価方法について網羅されており、特に電極活物質に関する詳細な情報が提供されています。ただし、バインダーやセパレーターに関する情報は限られているため、関連書籍が必要です。電極活物質の研究に従事している人には非常に役立つ内容です。

参考文献

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