以前はうまくいった反応が今回は収率が低かったことや、先輩はできた合成が自分ではできなかったことはありませんか?
合成化学実験の再現性は、自分やチームの仕事の効率向上や、科学の発展のために重要です。
再現性を高める方法として、原料の品質管理、分析装置の管理、実験器具の洗浄、実験記録の徹底の4つのポイントを説明します。
合成化学実験の再現性とは?
合成化学実験の再現性とは、同じ原料を使って同じ方法で合成した場合に同じ合成結果となることです。ほぼ同じ結果が得られた場合は「再現性が高い」といい、結果に差がある場合は「再現性が低い」といいます。
例えば、自分が過去に実施した合成実験をもう一度するときや、仕事を引き継いでから前任者と同じ合成実験をするとき、ほかの人が論文で発表した内容を追試するときなどに、その結果によって再現性が高いか低いかといった表現をします。
あとから、合成化学実験の再現性を高める方法を説明します。
なぜ再現性が重要なのか?
合成化学実験の再現性は、身近なところでは自分やチームの仕事の効率向上、大きな視点では科学の発展のために重要です。
仕事の効率向上
以前はうまくいった反応が今回は収率が低かったことや、先輩はできた合成が自分ではできなかったことはありませんか?このような話は誰でも経験したことがあると思います。
過去の合成化学実験を再現できなかった場合は、何か違いを見落としてしまったために、自分の時間や原料化合物を無駄にしてしまうことになります。
このような事態を避けるために、合成化学実験の再現性を高めることは重要です。
科学の発展
科学(サイエンス)は、仮説、実験による検証、理論の構築を通じて発展します。科学的理論は、実験で検証された仮説をもとに構築されるため、もし実験結果が他の研究者によって再現できない場合、その結果の信憑性は疑われ、科学的理論の正当性が揺らぎます。
また、新しい発見というものは過去の発見の上に積み重ねられていくものです。もし過去の実験の再現性が低い場合、新しい反応や料開発が停滞します。逆に、再現性が高い場合は、他の研究者がその結果をもとに新たな発見をすることを促進し、科学の発展を加速させます。
合成化学実験の再現性を高める方法
4つのポイントに沿って合成化学実験の再現性を高める方法を説明します。
- 原料の品質管理
- 分析装置の管理
- 実験器具の洗浄
- 実験記録の徹底
原料の品質管理
保管条件
水、酸素、熱、光に対して不安定な化合物の例や適切な保管方法を説明します。
水 | ブチルリチウムやグリニャール試薬などの水と反応する化学物質や、水酸化ナトリウムなどの潮解性を示す化学物質、水溶性の無機化合物などの吸湿性の高い化学物質は、密閉して水や空気中の水に触れないような状態で保管します。水に対して不安定な化学物質を使用する際は、手際よくすみやかに扱い、使用後は直ちに密閉して保管します。また、必要に応じてデシケーターに保管します。 |
酸素 | パラジウム錯体などの有機金属化合物や、ホスフィン、アルデヒドなどは空気中の酸素と反応して分解したり酸化したりします。酸素に不安定な化学物質を使用する際は、手際よくすみやかに扱い、使用後は直ちに不活性ガスを封入して密閉して保管します。酸素に対して非常に不安定な場合は、グローブボックス内で取り扱い、グローブボックス内で保管します。 |
熱 | 熱に弱い化学物質は冷蔵庫または冷凍庫に保管します。 |
光 | 光に不安定な化学物質もあります。このような化学物質はアルミジップ袋に入れるなど、光を遮蔽できる状態にして保管します。 |
使用前分析
自分または同僚が合成した原料や、購入した原料は、使用前に分析すると安心です。合成後や購入後に時間がたった場合や保管方法が良くなかった場合は、品質が変わっていることがあります。また、購入した原料であってもロットごとに品質に差があるもので、その影響で実験結果に影響する場合があります。
GC、LC、NMRなどで純度や不純物の分析をし、原料の品質が以前と同じかどうか確認します。
期限管理
原料には品質保証期限が指定されている場合があります。基本的には期限切れのものは使用しません。化学的に不安定な原料や反応性の高い物質は、時間が経つにつれて分解や変質することがあるため、適切に期限管理します。
分析装置の管理
使用する分析装置の正確な動作を確保するためには、装置のメンテナンスとキャリブレーションが欠かせません。分析装置の劣化や汚染を防ぐための定期的に点検します。また、分析装置ごとに適切な頻度と正しい手順でキャリブレーションを行います。
分析装置の管理をしなかったことが原因のミスの例
- 天秤が傾いていたために原料の重量を正確にはかれていなかった
- カールフィッシャー水分計の溶液が汚れていて正確に水分分析ができなかった
- pHメーターの校正が行われていなかったため、pH測定が不正確だった
- HPLCカラムの劣化や汚染により分析精度が低下していた
- オートサンプラーのシリンジが詰まっていて、サンプル注入量が不安定になっていた
実験器具の洗浄
洗浄
基本的なことですが、使用後の実験器具はきれいに洗浄して化学物質が付着していない状態にします。化学物質が付着したまま次の実験に使用すると、反応がうまくいかなかったり生成物に不純物が混入したりします。
洗浄の際は、実験に応じて適切な洗剤や溶媒を使用します。付着している化学物質を洗い流せる洗剤や溶解できる溶媒を使用します。ジョイント部分や濾過器の目穴などは洗い残しがないように特に気を付けます。
目視では洗浄できているように見えても、実は微量の化学物質が付着していることはあり得ます。洗浄液を分析して化学物質が基準値以下になっていることを確認すると確実です。また、蛍光のある化合物ならUVを照射して付着の有無を確認する方法もあります。
洗浄後の乾燥
乾燥が不十分で水が残ると、水に不安定な原料を使用する反応がうまくいかない場合があります。
水で洗浄後の器具はアセトンやアルコールでかけ洗い、水分を完全に除去します。その後、乾燥機で十分に乾燥させます。特に不活性雰囲気での反応には、徹底した乾燥が必要です。シリンジ針やNMRチューブのような細長い器具は乾燥しにくいので、特に気を付けます。
洗浄後の器具の保管
洗浄後の器具は、クリーンな場所に保管します。特に埃や湿気にさらされないようにし、次の使用まで清潔な状態を保ちます。アルミホイルでガラス器具の口をふさいでおくこともあります。
実験器具の洗浄が不十分なことが原因のミスの例
- シリンジ針の中に化学物質や水が付着していて反応がうまくいかなかった
- 前の使用者がロータリーエバポレーターで突沸させ、その付着物がトラップやジョイント部に残っていた
- NMRチューブのキャップに前の化学物質が付着していた
- 攪拌子に前の化学物質が付着していた
- 乾燥機内に他の実験の粉末が残っていて、次に乾燥させた試料が汚染された
実験記録の徹底
次の実験のためには、今の実験記録を詳細にとっておくことが重要です。実験ノートにはできるだけ詳細な情報を記録します。文字で記録するのが難しい場合は、写真や動画で記録しておきます。
- 原料のメーカーとロット番号
- 原料の納入日と開封日
- 原料の仕込み量(実験スケールに応じた精度で)
- 原料を仕込んだ時間や順番
- 反応時間(途中でサンプリングや分析をした場合はその時間や結果も)
- 反応温度(「室温」は禁止、正確な温度を記録する)
- 使用した器具の種類やサイズ
- 撹拌方法と撹拌条件
- 反応工程の観察結果(色の変化、沈殿の発生、ガスの発生、温度や圧力の変化など)
- 後処理精製の各工程の条件、時間、温度(できる限り詳細に)
- 後処理精製の各工程の観察結果(色の変化、沈殿の発生、ガスの発生、温度や圧力の変化など)
- 実験中の温度や湿度
- 実験中に発生したトラブルやミス(温度調節のミス、反応時間延長、停電、など)
また、記録の標準化も重要です。他の研究者や将来の自分が読みやすく、理解しやすい形式で記録を残すため、記録する内容や記載方法を統一します。特定のフォーマットを準備して使用することで、誰が見ても同じように解釈できる実験記録をつくることができます。
まとめ
合成化学実験の再現性を高める方法として、原料の品質管理、分析装置の管理、実験器具の洗浄、実験記録の徹底の4つのポイントを説明しました。
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