プロセス化学(工業化研究)における溶媒の選び方は、実験室と違いがあります。工場では安全性と経済性に優れたプロセスで製品を製造するため、溶媒には様々な条件が求められます。この記事では、工場でよく使用される溶媒や、溶剤関係の豆知識、医薬品向けのICHの残留溶媒ガイドラインを説明します。
プロセス化学における溶媒の選び方
プロセス化学では、以下の条件を考慮して溶媒を選択します。なるべく多くの条件を満たす溶媒が好ましいです。
- 反応工程収率が高い(反応溶媒)
- 反応工程で生成する不純物が少ない(反応溶媒)
- 精製工程収率が高い(精製溶媒)
- 除去しやすく製品に在留しにくい(精製溶媒)
- 反応工程と精製工程で同じ溶媒
- 価格が安い
- 分離回収が容易
- 毒性が低い
- 環境負荷が小さい
- 複数のサプライヤーがある
工場でよく使用される溶媒
エステル系溶媒
酢酸エチルや酢酸ブチルは、分液工程の抽出溶媒としてよく使用されます。酢酸ブチルは沸点が高く、共沸脱水によって水分を除去することもできます。
- メリット:安価。毒性が低い。様々な有機化合物をよく溶解させる。
- デメリット:強酸性、強塩基性条件下では使用できない。
ケトン系溶媒
アセトンやメチルエチルケトン(MEK)は、反応工程や精製工程の溶媒として使用されます。
- メリット:安価。毒性が低い。様々な有機化合物をよく溶解させる。
- デメリット:強酸性、強塩基性条件下では使用できない。
アルコール系溶媒
メタノール、エタノール、イソプロパノール(IPA)は、晶析工程やりパルプ洗浄工程などでよく使用されます。エタノールは酒税がかかるため高価になりますが、人体への毒性が低いです。メタノールはヘプタンとの混和性が悪いです。
- メリット:安価。毒性が低い。極性の有機化合物や無機化合物をよく溶解させる。
- デメリット:比較的反応性が高い。
エーテル系溶媒
THF、2-MeTHF、メチルターシャリーブチルエーテル(MTBE)は、反応工程の溶媒として使用されます。2-MeTHFは非水溶性のため分液工程の抽出溶媒としても使用できますし、沸点が高いため共沸脱水によって水分を除去することもできます。エーテル系溶媒は過酸化物を発生させやすいため、安定剤が微量に含まれているグレードがあります。
- メリット:様々な有機化合物や無機化合物をよく溶解させる。
- デメリット:高価。
芳香族系溶媒
トルエンは、反応工程や精製工程の溶媒として使用されます。ベンゼンは毒性が強いため使用されることはありません。トルエンは沸点が高く、共沸脱水によって水分を除去することもできます。
- メリット:安価。化学的に安定。非極性の有機化合物をよく溶解させる。
- デメリット:静電気を発生させやすい。
飽和炭化水素系溶媒
n-ヘプタンは精製工程の溶媒として使用されることがあります。非常に極性が低い特徴があります。n-ヘキサンは使用を避けます。
- メリット:安価。化学的に安定。非極性の有機化合物をよく溶解させる。
- デメリット:。静電気を発生させやすい。
高極性 | 低極性 | 水溶性 | 非水溶性 | |
酢酸エチル | 〇 | 〇 | ||
酢酸ブチル | 〇 | 〇 | ||
アセトン | 〇 | 〇 | ||
MEK | 〇 | 〇 | ||
メタノール | 〇 | 〇 | ||
エタノール | 〇 | 〇 | ||
IPA | 〇 | 〇 | ||
THF | 〇 | 〇 | ||
2-MeTHF | 〇 | 〇 | ||
MTBE | 〇 | 〇 | ||
トルエン | 〇 | 〇 | ||
n-ヘプタン | 〇 | 〇 |
実験室でよく使用されるが工場では使用されない溶媒
ハロゲン系溶媒
クロロホルムやジクロロメタンは様々な有機化合物をよく溶解させるため、実験室では反応工程や精製工程でよく使用されます。しかし、毒性が強いため、工場では基本的に使用しません。
エーテル系溶媒
ジエチルエーテルは様々な有機化合物や無機化合物をよく溶解させるため、実験室では反応工程や精製工程でよく使用されます。しかし、ジエチルエーテルは引火が低く特殊引火物に指定されているため、工場では基本的に使用しません。
代替溶媒:THF、2-MeTHF、MTBE
芳香族系溶媒
ベンゼンは、実験室では反応工程や精製工程の溶媒として使用されます。しかし、ベンゼンは毒性が強いため、工場では基本的に使用しません。
代替溶媒:トルエン
飽和炭化水素系溶媒
n-ヘキサンは実験室では精製工程の溶媒として使用されることがあります。しかし、n-ヘキサンは毒性が強いため、工場では基本的に使用しません。
代替溶媒:n-ヘプタン
高極性溶媒
DMF、DMSOは様々な有機化合物や無機化合物をよく溶解させるため、実験室では反応工程でよく使用されます。しかし、沸点が高く除去しにくいため、工場では基本的に使用しません。
溶剤関係の豆知識
知っていると役に立つ、溶剤関係の豆知識を紹介します。
- 化合物の分解温度より沸点の低い溶媒を使用すると、不純物の増加タールの発生を防ぐことができます。
- エーテル系溶媒などの過酸化物を形成する溶媒は、不活性雰囲気下で取り扱います。
- 最終工程で使用する溶媒は、最終製品の品質に影響を与えるため、開発の初期に確定しておきます。
ICHの医薬品の残留溶媒ガイドライン
製造する製品が医薬品の場合、医薬品の残留溶媒ガイドラインも考慮します。医薬品の残留溶媒ガイドラインは、医薬品の製造の際に低毒性の溶媒を使用するように勧告するとともに、いくつかの残留溶媒について毒性学的に許容し得る限度値を示しています。
クラス1の溶媒(医薬品の製造において使用を避けるべき溶媒)
クラス1の溶媒は、許容できない毒性を持つ、または環境に対して有害な影響を及ぼすなどの理由から、原薬や医薬品添加物および製剤の製造には用いるべきではない溶媒です。
クラス2の溶媒(医薬品中の残留量を規制すべき溶媒)
クラス2の溶媒は、それらが有する毒性のために、医薬品中の残留を規制すべき溶媒です。
クラス3の溶媒(GMP 又はその他の品質基準により規制されるべき溶媒)
クラス3の溶媒は、急性毒性試験、短期毒性試験、遺伝毒性試験において低毒性または陰性であり、ヒトの健康に及ぼすリスクは低いと考えられます。
まとめ
プロセス化学(工業化研究)における溶媒の選び方は、実験室と違いがあります。工場では安全性と経済性に優れたプロセスで製品を製造するため、溶媒には様々な条件が求められます。この記事では、工場でよく使用される溶媒や、溶剤関係の豆知識、医薬品向けのICHの残留溶媒ガイドラインを説明しました。
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